息子危篤
赤ん坊というのは、無条件に愛され祝福されるべきものである。
最も愛情を持って接する母親がいないせいだろうか?
この子の側には誰もいない事が常であった。
置かれている場所も土蔵の中で、ベビーベッドのつもりだろうか? 石の床の上に板が敷いてある。
あとは毛布でくるんであるだけだ。
この家は裕福なようでお手伝いさん(メイド服は着てない)と小間使いが、それぞれ四人以上いるようだ。
幽霊と言っても、守護霊なのでこの子からあまり離れることができない。
せいぜい十メートルぐらいだろうか?
・・・十メートルかぁ、私の住んでたアパートだったら、隣のさらに隣まで覗けてしまう距離だ。
しかしここでは、土蔵の周りの庭しかない。
そして、その範囲でわかることしかわからない。
土蔵の中は暗い。
明かり取りの窓はあるが、寒いのでしまっている。
明かりは火鉢? だけだ。
火鉢と言うより、四角いこの形は一斗缶ストーブを素焼きの土で作ったものだ。
私の知識のなかでは、四角い火鉢としか言えない。
薪を入れに定期的に来るオバサンと、土蔵の中、入口近くで椅子に座って本を読んで足をぶらぶらさせている女の子がいて、赤ん坊がなきだすとオムツだけ確認してオバサンに知らせにゆく。
それぞれが四人いて、オバサンたちは乳母も兼ねているらしい。
先日、奥さんだと思ってしまった女性もこの中にいた。
赤ん坊は、土蔵の一番奥にいる。
入口の女の子が、本に飽きたらしく、赤ん坊の顔をのぞきに来た。
ロア、ロアと、しきりに呼んでいる。
どうやらこの子の名前は『ロア』と言うらしい。
女の子に、ロアを抱き上げてほしいと思った。
赤ん坊は自身で体温調節が出来ない。
とくに、産まれてすぐの嬰児のころは。
私は、肉体が無いので温度がわからない。 さらに、幽霊なので下手に触ると、障ってしまいそうな気がする。
七日経った、ロアは具合が悪そうだ。
風邪だろうか?
体温が高いように見える。
父親は、一度見に来ただけでそれっきり。 私には、土蔵の中を行ったり来たりする事しか出来ない。
何か、何か出来ることは無いのか?
此処に来る人は、ロアを、見たくも無いようなもののように見る。
母を死なせてしまったせいだろう。
子供には罪は無いとか、事故だったとか、医療技術の未熟とか・・・
私はどうすることも出来ないこの身がもどかしい。
十日目。
どうやら風邪ではないらしい。
言葉が少しづつわかってきた。
『散る星の災い』 『魔導災害』
これがロアの幼い肉体を蝕んでいるらしい。
具体的な内容はわからないが、ロアの身体の中に何かが満ち溢れようとしているようだ。
このままでは、死んでしまう。
土蔵の周りに父親とお手伝いさん達が、憐れみの視線で佇んでいる。
『あきらめないでくれっ!!
助けてくれっ!! 』
見えていない。
聞こえていない。
『神様っ!!
もう一度だけ御願いだっ!!!
助けてくれっ!!!』
応えは無かった。
奇跡は一度でも多すぎるということだろうか?
『た~す~けぇ~て~く~れぇえっ!!
たのむからっ!!
だれでもいいからっ!!』
悪魔に頼って助けてもらえるなら、喜んで魂でもなんでも差し出しただろう。
ロアの身体の中で、何か熱いマグマのようなものが溢れそうになっている。
泣いていた声がいつの間にか止んでいる。
苦しそうに口を開いたまま、苦しそうに震えている。
なくなってしまった心臓が、ぎゅつと縮んだ。
叫んだ!
自分でもなんて叫んだかわからない。
叫んだ!
叫んだ!
ロアにとりすがる。
触れることができない。
助けることができない。
産まれてくることができたんだぞ!
たった十日で終わりだなんて許さない!
かきむしる。
触れることのできないロアの幼い肉体をかきむしる。
なにもできない。
何も出来ない。
なにもできない。
からだがあれば泣き叫んでいただろう。
いやだ!
いやだ!
いやだ!
死んじゃいやだ!
なにもできなくても助けるんだ!
指先に何かが触れた。