一家死亡
残酷な表現があります。
ご注意を。
睨まれている。
「ゼロア・カー・ゴスト・ファントムレイスと言います。」
名前だけ言って座る。
誰も僕に興味などないだろう。
なんの魔術も使えない。
そんな僕が帝立魔術学院の予備学科に入学できたのは、ファントムレイス大公家の威光というものだろう。
呪われた魔導災害の忌子、死すべき爆弾、無能にして有害なる者、母親殺し。
それが僕だった。
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私の名は七竈光ゼロアの魂の父だ、十一年前まで日本人としてサラリーマンをやっていた。
十一年前のあの日、私が近所のスーパーに煙草を買いに行こうとすると、妻が玉ねぎとキャベツと卵と言ってエコバックを渡した。
そろそろ八ヶ月になる妻は四つ年下の二十八で結婚三年目、食べているのはお腹の子だと言うが暴飲暴食に見える。
下手な事を言うと禁煙の話が出るので鳴かない雉の光くんである。
それでなくとも消費増税で一箱二日が一箱三日になったばかりだ、この次の増税では一箱四日になるだろう。
スーパーで買い物を終え、喫煙コーナーに隠れるように一本。
もう一本吸いたかったが、我慢する。
子供が産まれたら禁煙しろと言われている。
大丈夫我慢出来る、その気になれば禁煙だって。
ただ、私はこの時の煙草の味を覚えていない、思い出す事も出来ない。
安っぽい音のする階段をのぼってドアノブに手をかけた瞬間、異変に気づいた。
炬燵で寝転がっていた妻が青ざめた顔で眼白く見開き震えながら手を・・・
その先にあるスマホ。
「おいっ! おいどうしたっ! うまれ産まれそうなのかっ!」
人間のものとはおもえない叫び声でスマホを指し示す。
ひゃくとおばんをコールする。
繋がった電子音。
「もしもし ひゃくとおばんですかっ! 妻がっ! 妻が産まれそうなんですっ!!」
「はい、奥さんが出産しそうなのですね。」
「さっきからそう言ってるじゃないですかっ!!」
「それでは百十九番にお繋ぎいたします。
御住所を仰って下さい。
それと破水はしていますか?」
「はすいってなんですかっ!!」
煙草なんか吸わずに帰れば良かったと思いつつ、現住所とかかりつけの産婦人科を連絡する。
まだ八ヶ月だと油断していた。
妻をお姫様抱っこで持ち上げる。
新婚初夜以来だ。
ぐき!
「重いっ!!」
あの時とは比べものにならない重量が、両腕から腰に連鎖する。
「痛いっ! 重いっ! 痛いっ! 重いっ! 痛いっ! 重いっ! 痛いっ! 重いっ!
」
全力を振り絞って廊下から階段へ、みしみしと腰が悲鳴をあげる。
汗が流れて眼に入ってくる。
こんな事なら部屋は一階にするんだった。
階段の最後で最後の力でゆっくりと座る。 後は消防車じゃなくて、あの、なんだ、白い・・・救急車だ、救急車、うん、あれが来るのを待つだけだ。
ふうっ! と、一息ついて汗を拭う・・・
「悪かったわね、重くて!」
久し振りに本気で怒った妻の顔を見ました。
いや、そんなぁ 頑張ったよね? 腰が痛いのに、汗で滑りそうになったのに、運んだんだよね。
「救急隊員を待っていれば担架で安全に運んでくれたの!」
ごめんなさい 次からそうします。
二十分程で来た救急車に乗って三km先の産婦人科に向かう。
途中の大通りを横切ろうとした時、カーキャリーが・・・・・・・・
気が付くと新車が転がっていた、あれいつか欲しいと思ってた奴だ。
手を延ばした先に暖かくて小さな頭があった。
頭だけがあった。
ぶよぶよして小さな頭があった。
抱きしめた。
右腕で抱きしめた。
左は肩から壊れていて動かなかった。
痛いではなく、熱い。
そのくせ血が流れているところから寒くなってくる。
どこかに火が見えた。
一瞬で火しか見えなくなった。
小さな頭を守ろうと、胸の下に抱えた。
まわりは火でいっぱいなのに、熱いのは肌でも髪の毛でもなく、胸の中、たぶん肺だった。