赤い朝顔
露店で買ったリンゴ飴を食べながら、エリは足を引き引きずって歩いている。慣れない下駄で、足にマメができたせいだ。
今日は夏祭り。この辺りじゃまぁまぁ大きなお祭りで、地元の私は子供の頃から毎年、夜のお祭りを楽しんできた。エリは、高校に入ってからの友達で、地元じゃないから、今年初めてのお祭り参加というわけ。
「凄い人で驚いた」と言いながら、歩くスピードがどんどん遅くなっている。
「こっち、近道だから」私はエリの足の痛みが気になり、暗いけれど駅までの近道を歩き出した。なるべく歩く距離を短くしてあげよう、という私なりの優しさのつもりだった。
「ちょっと、怖い道だね」エリの声が夜道に響く。
「でも、この道ならかなり早く駅につくよ」
「足痛いし、ふたりだし、大丈夫だよね?そうそう、それでさ……」
とエリはさっきまで話していた元彼のことを話始めた。
なんでもエリは、中学時代に5人の男と付き合って、すでに経験ありだと打ち明けてくれたのは、さっきのこと。「内緒だけどさ」と言いながら、勝ち誇ったような顔をした。
私の気のせいかもしれないけど。
私は、まだ、男と付き合ったこともない。故にまだバージン。それに対しては、普通だと思っていたけど、エリと話していると、なんだか私がモテないつまらない女子みたいに感じてしまった。
エリの男話を聞きながら、お母さんに帰るコールをしなくちゃ、と携帯を巾着から出そうとして気づいた。
「あっ!」私の大きすぎた声にエリがビクッとした。
「何!驚いた」胸のところに手をあてている。
「ここ買ったとこに携帯置いてきちゃった」半分食べかけてたリンゴ飴をエリに見せるように前に突き出す。
「待ってて!すぐに戻るから」私は慌てて言葉と同時に走り出す。エリをひとり置いていくことに、この時は何も考えていなかった。急ぐ気持ちが先で、その場所が危険だとは思いもしなかったのだ。
露店までの距離は大したことはない。けれど、人が多い夜の街。置き忘れた携帯は無事私の手元に戻ってきたものの、エリの待つ場所へ戻ったのは、30分以上を要してしまった。
しかし、エリの姿がない。待っていて、と言ったのに……。駅まで行ってしまったのだろうか。
「エリ!」夜の闇に大きく叫ぶ。
……雑木林。その奥に白地に朝顔柄が目についた。エリの浴衣だ。
嫌な予感が走る。背筋がぞっとした。でもそこに行かなければいけない。私はいかなければいけない。
震え始めた足でそこまで行くと……。
乱れた浴衣の上にエリが横たわっていた。私の足音にはっとして起き上がったエリの唇のはしが切れていた。
「誰にも言わないで」エリが押し殺した声を出す。「お願い、誰にも……」白地の浴衣が泥で汚れ、片足にだけかかったパンティーには真っ赤な血。浴衣の朝顔が赤くなっている。
何を意味するのか、エリに問いかけることはできなかった。
「もしかして、初めてだったの?」私は、こんな時にどうしてかとんでもないことを口にしていた。
……エリをひとり置いて走りだした自分を責めたのは、エリが私の前からいなくなってから。
あの夜以来、私はエリに会っていない。
暑い夏の夜、鮮血で体を汚したエリが今どこにいるのか……私は知らない。