幸せになってください
恋人に振られた。
同棲こそしていなかったけれど、将来を一緒に考えた相手だった。
仕事帰りにたまたま寄った居酒屋で出会い、意気投合し、何度も会ううちに相手から告白された。
趣味が一緒で、お酒の好みも一緒。
いつも笑顔で、支えてくれる、とても素敵な彼氏だった。
でも、振られてしまった。
とても真剣な顔で、ただ一言。
──もう嫌だ、別れて欲しい。
気付かぬうちに、私が何かをしてしまっていたんだろうか。
困らせ、呆れさせ、傷つけたんだろうか。
理由は、教えてもらえなかった。
振られた当日は涙が止まらなかった。
一緒にいられた時間がとても幸せだったから、その反動に耐えられなかった。
でも1日1日と経過していくうちに、少しずつ落ち着いていくことが出来た。
それからの日々は、なるべく活動的に過ごすようになった。
仕事に打ち込み、趣味に打ち込み、気晴らしにジョギングだって始めた。
最初は友人達には心配されたけど、今は暖かく見守ってくれている。
半年ほど経った頃だった。
郵便受けに、一通の封筒が入っていた。
封筒の裏を見て、私は呼吸をするのを一瞬忘れた。
彼の名前が書いてあった。
部屋に戻り、封筒を鋏で開ける。
中には3枚の便箋が入っていた。
一体何が書いてあるのだろうか。
読むのが怖かった。
でも、ふと便箋に書かれた彼の文字を見て、何かがおかしいと思った。
とても綺麗だった、彼が書く文字。
それが、とても歪なものに変わっていたから。
意を決して、手紙を読む。
始まりは、私の名前。
そして──
□ □ □
お元気ですか?
急な手紙に、驚いているかもしれません。
それに、いろいろと、そう、いろいろと申し訳ない気持ちでいっぱいです。
半年前、理由も言わずに別れを告げました。
もう嫌だ、別れて欲しい。
そう伝えた後の君の顔が、今でも僕の胸を締め付けます。
あの時、俺は嘘をつきました。
もう嫌だなんて、微塵も思っていませんでした。
今でも、君のことは大好きです。
別れを伝える少し前に、健康診断の結果が届きました。
いくつかの項目が非常に悪く、病院で検査を受けることになり、その検査結果を聞く際に先生から、もう長くはないことを伝えられました。
それを聞いた時、君と一緒に描いていた将来が、音を立てて崩れていくのを感じました。
一緒にいたい。
でも、もう長くない俺と一緒にいても、君を幸せにすることが出来ない。
だから、嘘をつきました。
ただやっぱり、君のことを忘れることは出来なくて。
この気持ちを仕舞い込んでいるのが辛くて。
自分勝手だとはわかっているけれど、この手紙に、懺悔の気持ちを書き連ねています。
君がこの手紙を読んで、どう思うかは分からない。
ただ、どうか幸せになってください。
君と出会えて、とても幸せでした。
□ □ □
涙が止まらなかった。
でも、それよりも、怒りの感情が湧き上がった。
封筒の裏には、彼の名前の他に、病院の住所の記載があった。
私はスマホで行き方を調べ、急いで身支度を整えて家を出る。
走る、走る、走る。
ジョギングを始めた私は、前を向いてひたすら走る。
「ぶん殴ってやる!」
そして、最期までずっと一緒にいてやるんだから──
ぶん殴られる覚悟はしておきましょう。




