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幸せになってください

掲載日:2026/09/29

 恋人に振られた。

 同棲こそしていなかったけれど、将来を一緒に考えた相手だった。

 仕事帰りにたまたま寄った居酒屋で出会い、意気投合し、何度も会ううちに相手から告白された。

 趣味が一緒で、お酒の好みも一緒。

 いつも笑顔で、支えてくれる、とても素敵な彼氏だった。

 でも、振られてしまった。

 とても真剣な顔で、ただ一言。


 ──もう嫌だ、別れて欲しい。


 気付かぬうちに、私が何かをしてしまっていたんだろうか。

 困らせ、呆れさせ、傷つけたんだろうか。

 理由は、教えてもらえなかった。


 振られた当日は涙が止まらなかった。

 一緒にいられた時間がとても幸せだったから、その反動に耐えられなかった。

 でも1日1日と経過していくうちに、少しずつ落ち着いていくことが出来た。

 それからの日々は、なるべく活動的に過ごすようになった。

 仕事に打ち込み、趣味に打ち込み、気晴らしにジョギングだって始めた。

 最初は友人達には心配されたけど、今は暖かく見守ってくれている。


 半年ほど経った頃だった。

 郵便受けに、一通の封筒が入っていた。

 封筒の裏を見て、私は呼吸をするのを一瞬忘れた。

 彼の名前が書いてあった。


 部屋に戻り、封筒を鋏で開ける。

 中には3枚の便箋が入っていた。

 一体何が書いてあるのだろうか。

 読むのが怖かった。

 でも、ふと便箋に書かれた彼の文字を見て、何かがおかしいと思った。

 とても綺麗だった、彼が書く文字。

 それが、とても歪なものに変わっていたから。

 意を決して、手紙を読む。

 始まりは、私の名前。

 そして──



 □ □ □



 お元気ですか?

 急な手紙に、驚いているかもしれません。

 それに、いろいろと、そう、いろいろと申し訳ない気持ちでいっぱいです。

 半年前、理由も言わずに別れを告げました。

 もう嫌だ、別れて欲しい。

 そう伝えた後の君の顔が、今でも僕の胸を締め付けます。

 あの時、俺は嘘をつきました。

 もう嫌だなんて、微塵も思っていませんでした。

 今でも、君のことは大好きです。


 別れを伝える少し前に、健康診断の結果が届きました。

 いくつかの項目が非常に悪く、病院で検査を受けることになり、その検査結果を聞く際に先生から、もう長くはないことを伝えられました。

 それを聞いた時、君と一緒に描いていた将来が、音を立てて崩れていくのを感じました。

 一緒にいたい。

 でも、もう長くない俺と一緒にいても、君を幸せにすることが出来ない。

 だから、嘘をつきました。


 ただやっぱり、君のことを忘れることは出来なくて。

 この気持ちを仕舞い込んでいるのが辛くて。

 自分勝手だとはわかっているけれど、この手紙に、懺悔の気持ちを書き連ねています。

 君がこの手紙を読んで、どう思うかは分からない。

 ただ、どうか幸せになってください。

 君と出会えて、とても幸せでした。



 □ □ □



 涙が止まらなかった。

 でも、それよりも、怒りの感情が湧き上がった。

 封筒の裏には、彼の名前の他に、病院の住所の記載があった。

 私はスマホで行き方を調べ、急いで身支度を整えて家を出る。

 走る、走る、走る。

 ジョギングを始めた私は、前を向いてひたすら走る。


「ぶん殴ってやる!」


 そして、最期までずっと一緒にいてやるんだから──

ぶん殴られる覚悟はしておきましょう。

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― 新着の感想 ―
拝読しました。 彼は優しい人だったんですね。 良かった。 でもこれは殴るしかないでしょうね。
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