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痛い目を見るのは貴方ですけど、大丈夫ですか?

掲載日:2026/02/13

 ――私には幽霊が見える。


 幼少の頃からそうだった。

 どうやら霊感というものが強い私は、既に死を経験した魂の存在をはっきり認識できた。

 ……幽霊と生きている人の違いが分からない程に。


 物語や他の人の話に現れる幽霊は普通、体が透けていたり足が見えなかったりするものだ。

 けれど残念ながら、私には彼らの姿がはっきりと見える。

 体が浮いていたり、死因の印象に色濃く影響を受けた霊ならば流石に判別もつくが、生前と同じように普通の人間として振る舞うような霊と生者の違いは、残念ながら視覚情報では付けられない。

 ……触れさえすれば、手を体が通り抜けるか否かで判断もできるのだが。


 さて、そんなこんなで霊感が非常に強い私だが、この体質の影響か幽霊に非常に気に入られやすい。

 私の周りには常に十人くらいの幽霊が付きまとっている上、それぞれが好き勝手に話し掛けてきたり視界を漂ったりするので、困った事に生者とのコミュニケーションに支障を来している。


 社交界では幽霊にうっかり話し掛けてしまったり、逆に幽霊だと思ってスルーしていたら生きた貴族だったり……。

 相手の生死は判別できても、周囲の幽霊が煩くてあまり会話に集中できなかったり。

 何度かうっかり霊感の事を話してしまうも、それを信じてもらえなかったり。

 あとは周囲の幽霊の中でも特段強い霊力を持つ者による心霊現象が発生するので、それを気味悪がられたり。


 そんなこんなで気が付けば、私は『奇人のヘルミーナ』という何とも不名誉な通り名で呼ばれるようになっていた。

 両親は私を愛してくれてはいるけれど、私の霊感については人の気を引きたい不器用な娘の言動として見ている。

 全くもって不服である。


 尚、私は一応伯爵家の娘で、侯爵家の嫡男ローデリヒという男と婚約を交わしている身だが、ローデリヒも私という存在にはうんざりしているようである。


 婚約者として可能な限り相応しい振る舞いをしてきたつもりだが、噂や私自身の失敗、後はやっぱり心霊現象など……そういったものの影響で、彼は私を気味悪がり、拒絶し……気が付けばとある男爵令嬢と浮気していた。




「もう、貴方達としか仲良くなれそうにないわ」


 ある日の王立学園。その昼休憩にて。

 孤立した私は裏庭でもそもそとサンドイッチを食べていた。

 周囲には好き勝手頭上を浮遊する男の子の霊や首無しの騎士の霊、常に対でいる美男美女のカップルの霊などなどがいて非常に賑やかだ。


「いーじゃんかよぉ、オレ達がいるんだから」


 男の子が言う。


「良くないわ。私は貴族なのだから、いつかは嫁がないといけないの。だというのに……このままではそもそも婚約が無くなりそうな勢いよ」

「そうしたら貰ってあげようか?」


 次に口を挟んだのはカップルの内の美青年の方。


「霊のどこに貰い先があるというの? というか貴方にはもう相手がいるでしょう」

「やだ。相手だって」


 片割れの女性が嬉しそうに笑う。


「まあ、何だ。上位貴族の社会に詳しい訳ではないが、貴族の婚約というのは政略的な意味合いが強いものだろう。たとえ馬が合わない相手であったとしても、政略から交わした契約を反故にするような礼儀知らずはいないのではないか」

「まともな感性があれば堂々と浮気したりしないのよ」


 首無しの騎士(どこから話してるんだろう)の言葉に私は肩を落とす。

 他の霊たちが口々に「大丈夫だよ」「元気出して」と励ましてくれていた。


「婚約が白紙になっておいおいとなくお父様の情けない姿が目に浮かぶようだわ」

「浮気するような人間ならば明らかにそちらに非があるだろう。たとえ君が変人だとしても」


 美青年の揶揄うような言葉に私は溜息を吐く。


「変人だなんて失礼ね。皆私と同じ目を持てば嫌という程気持ちが分かるというものよ。まぁ……何だかんだ、この目が無ければいいと思った事はないのだけれど」

「へ、ヘルミーナァ……!」

「任せろ、もし貴女が不遇な扱いをされるのであれば、我々が貴方の味方となろう」


 嬉しそうな男の子と騎士。

 感激し、何故かやる気を見せている彼らへ向かって「いや、お願いだから何もしないで」と私は釘を刺すのだった。




「ヘルミーナ! お前との婚約を破棄する!」


 そう告げられたのはその日の放課後の事。

 大勢の生徒の前で突然ローデリヒからそう告げられた私は驚いていた。


 婚約が解消されるにしても、こんな公の場で宣言されるとは思っていなかったのだ。

 精々何の前触れもなくローデリヒの家から婚約解消を求める文書が届くとか……そんな話だと思っていた。


「お前はただでさえ訳の分からん言動で周囲に迷惑を掛け、挙句の果てにはイゾルデに多くの嫌がらせをし、彼女が自殺しそうになるまで追い込んだ悪女だッ!」


 尚、彼の傍には何が悲しいのやら、目尻に涙を浮かべる少女、男爵令嬢イゾルデがいる。

 ローデリヒの浮気相手だ。


 さて、二人が大勢の注目を集める中で堂々と腕を組み合っている事は置いておくとしても、だ。

 私がイゾルデを虐めているなどという事実は一切ない。

 婚約の解消はある程度想定できていたから良しとしても、この点に関しては認めてしまえば我が家の評判すら巻き込みかねないだろう。


「私はイゾルデ様に虐めなど行っておりません」

「う、嘘よ……っ、いつも人気のない場所に呼び出して悪口や暴力を……っ、今日の昼休憩だって――」

「この期に及んで嘘を吐くというのか! やっていないというならせめて証拠を出せ!」


 ローデリヒやイゾルデはそう言うと具体的な時間帯を示した上で私の偽りの罪を並べました。

 勿論その全てが嘘には変わりないのですが……生憎、私には否定する術がない。


 残念な事に、私は学園では孤立気味の女。

 休憩時間などは裏庭で幽霊達と過ごしているので、私のアリバイを証明できる人がいません。


「大人しく罪を認めろ! でなければ己の罪によって痛い目を見るぞ!」


(どうしよう……)


 確かに、冤罪は困ります。

 けれどこの時の私は別件としてより大きな不安を抱きました。


「あの……あまり次々と嘘をでっち上げるのはおやめいただいてもよろしいでしょうか」

「何……!? 俺達が嘘を吐いていると!?」

「それは、はい。そしてですね、えーっと、このままだと――痛い目を見るのは貴方ですけど、大丈夫ですか?」

「な、何――」


 ローデリヒが何かを言いかける。

 しかしそれは大きな破裂音によって遮られた。


 パンパンパン! とどこからともなく連発されるラップ音。

 それにローデリヒやイゾルデ、そして周囲の生徒達が一斉に驚いた。

 更には生徒達が持っていた教科書などが独りでに浮いて宙を行き来してはローデリヒやイゾルデ目掛けて飛んでいく。


「ひ、ヒィッ!!」

「なんだ、これは……! おい、ヘルミーナッ!」

「私じゃないですよ……」


 私は周囲に漂う霊たちを見やる。

 怒り心頭な様子を見せる男の子や首無しの騎士、その他の幽霊達。


「よくもヘルミーナを陥れようとしたな!」

「お前らのような不埒な者達は破滅すべきだ!」


 彼等には聞こえないであろう怒りの言葉が辺りを満たしていく。


「み、みんな落ち着いて……ああ、もう。だから言ったのに」


 ローデリヒとイゾルデは頭を抱えてその場に座り込み、蹲っている

 最早収拾がつかなくなってしまった現場で私は途方に暮れた。

 その時だ。


「因みになんだが、彼女のアリバイなら証明できるが」


 悲鳴が飛び交う中でそんな落ち着いた声が聞こえた。

 心霊現象と悲鳴がピタリと止む。


 声の主は先程も裏庭で話していた美青年だ。

 いつの間にか私の隣に立った彼は軽く手を上げている。


 そしてそんな彼を――その場の皆が見ていた。


「「「え?」」」


 ローデリヒやイゾルデと共に私は困惑の声を漏らした。


「俺は今日の休憩時間、彼女と共にいたからアリバイは証明できる。ああ、勿論浮気などではなく、悪い噂を抱えながら学園で孤立している生徒を、生徒会長として気に掛けていた結果なのだが」

「ん……ん?」

「そ、そんな……っ、殿下が」

「ん? でん、か?」


 話についていけない私を置いて、周囲の者達が美青年の話を真剣な顔や焦った顔で聞いている。


「だから彼女が貴方方の話すような罪人ではないことは証明が出来るし、逆に……貴方達が彼女を陥れようとしているという罪についても証明が出来る訳だ」

「そ、そ、そんな……っ!」

「そもそも、正当な理由をでっち上げてでも彼女との婚約を破棄して繋がりたいというのであれば、せめてこの場でくらい浮気しているという状況証拠は隠しておくべきだろう。誰が今の貴方達の言い分に耳を貸すと? なぁ?」


 美青年……デンカ? はそう言った。

 するとこれまで私を疑うような視線を向けていたもの達が一斉に愛想笑いを浮かべて頷く。

 デンカの発言力はローデリヒ達とは比べ物にならないくらいに強かった。


 ローデリヒとイゾルデはその後、多くの蔑みと嘲笑の目に晒されるのだった。



***



 野次馬が去っていったあと。

 大勢の幽霊に囲まれつつも私がデンカの隣で放心していると……ブフッと大きく吹き出す音があった。


 デンカは耐え切れないというように肩を震わせて笑っている。


「本当に気付いていなかったのか」

「え? な……え? で、でん……?」


 その言葉に我に返り、私は慌ててデンカと呼ばれていた美青年を見る。

 彼は愉快そうに笑みを深めながら私の手を取った。


 ……ちゃんと、私の手を取った。


 ――実体がある。


「改めて。俺の名はフロレンツという。この学園の生徒会長で――我が国の王太子だ」

「せ、いとかいちょ……おう、たいし……?」


 確かにフロレンツという名には覚えがあった。

 しかし私は、未だに状況を呑み込めていないでいた。


 またもやブククという笑いが起きる。

 デンカ……フロレンツ殿下は上ずった声で言った。


「大きな夜会などでは同じ場に居合わせた事もあるだろうに」

「い、いや、そうですけど……っ、そういう時は大抵霊が視界を邪魔してて……」


 そう。今までだって王族を遠目に見る機会くらいいくらでもあったはずなのだが、そういう時は大抵目の前に霊がいたので、その姿を視界に留める事は出来ていなかったのだ。

 それに……フロレンツ殿下はあまり生きてる人の気配を感じない。


 確か殿下は武に長けていると言っていたから、日頃から気配を消す習慣が身についているのかもしれないけれど、私が霊だと勘違いしてしまうくらいには気配が薄いのだ。

 おまけに……途中で霊扱いをされている事には気付いていたはずなのに、全く否定せず、寧ろ話を合わせていた。

 これでは気付かなくてもしょうがないというものである。


「……どうして言ってくださらないのですか」

「いや、初めは噂を耳にした事からの興味本位だったのだけれど、本当にその場に霊がいるかのように振る舞う貴女が面白くてな、ついつい構ってしまった」

「いるかのように、ですか」

「ああ、失礼。……いるんだろう?」


 フロレンツ殿下はそう断言した。

 私が驚いて彼を見れば、確証を持っている様な笑みが返される。


「それなりの時間を幽霊の友として振る舞っていたからな。何もないはずの場所を気に掛ける貴女の言動はよく見ていたし、ただの芝居ではない、気遣いのようなものを感じた。……ああ、きっと霊はいるし、良い関係を築いているのだろうと、そう思ったよ」


 その言葉が……本当に嬉しかったのだと思う。

 別に理解されないことが普通であったし、理解されなくてもいいと思っていた。

 けれど私を慕って集まってくれる幽霊たちは、確かに私の友であり、そんざいしているのだと。

 そう認めてくれたのは、彼が初めてだったのだ。


 少しだけ目頭が熱くなるのを感じた。


「よければ、もっと君の事を知っていきたいのだが、どうかな」

「……嬉しいです」


 素直に出た言葉に、フロレンツ殿下が目を瞬く。


「そうかい。よかった。では正式に君の婚約が解消されたら声を掛けるよ」

「はい……うん?」

「うん?」

「何故婚約解消を待つ必要が……?」

「……婚約するからではないのか?」

「うん?」


 何故か不思議そうな顔をする殿下。

 いや、困惑したいの私の方である。


「え、こ、婚約……!?」

「当然だとも。折角つまらない日常が楽しくなってきたところなだ、このような愉快な女性を他に取られてはたまらない!」


 嬉々として語るフロレンツ殿下がだんだんと残念な男性に見えて来る。

 つい先程までときめきかけていた心もすっかり落ち着いていた。


「どうせ相手はいないんだろう?」

「どうせって言わないでください。どうせって」

「まあ無理に異性として見ようとする必要はない。貴女はそのままでいてくれる方が充分魅力的だろうからな」

「多分その魅力って、珍獣に通ずるものですよね……」


 そう返しはしつつも、フロレンツ殿下の眩しい笑みに、また少しだけ鼓動が速まっていた。

 王太子の婚約者という立場は恐れ多くはあるが、断る理由など勿論ない。

 それに彼と話していて楽しいのは、私とて同じである。


「よろしく頼むよ、ヘルミーナ嬢」

「こちらこそ」


 私達は握手を交わす。


 その時ふと、彼の傍に寄り添う女性の幽霊が視界に入った。

 今も彼に触れる彼女の体は、確かに透けている。つまり……こちらは本物の幽霊だ。


 一体どういう関係なのだろうか、という疑問が浮かぶが、その答えはすぐに導き出された。

 優し気に微笑むその目元や口の形が、フロレンツ殿下と重なったのだ。


 ……皇后様は十年程前に流行り病でご逝去されている。

 その事実を知っていたのも大きいのだろう。


(……そう言う事、だったのね)


 私へ微笑み掛けてくださるその笑顔に私も応える。


(心配しないでくださいね)


 この日、こっそりと生まれた女の秘密。

 このことはフロレンツ殿下にはまだ内緒である。

最後までお読みいただきありがとうございました!


もし楽しんでいただけた場合には是非とも

リアクション、ブックマーク、評価、などなど頂けますと、大変励みになります!


また他にもたくさん短編をアップしているので、気に入って頂けた方は是非マイページまでお越しください!


それでは、ご縁がありましたらまたどこかで!

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