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境界監理局・第七課  作者: きなとろ
世界安定という正義
41/53

補正 ――誤差内の異物

第七課の執務室に、薄い箱が届く。

薄い箱は軽い。軽いまま増える。


表紙に事象名がある。

北部物流集積地帯。一次対応。予測一致。

指標欄は基準値内で揃っている。


アレンは封を切らずに開く。封緘はない。

添付は二つ。


軽微逸脱報告。

追記(体感異常/再現不可)。


先に数字を読む。

変動幅。持続。回復。負傷者。死者。

いずれも誤差内。指標上、問題なし。


紙面の余白は少ない。

少ないのは説明だ。説明が要らない形に収まっている。


報告の末尾に定型が入っている。

「本件は運用上の許容範囲に収まる」

「追加の措置は不要」

「継続」


継続。

その語が、最近は軽い。


アレンは追記を開く。

追記の紙は薄い。薄いのに、扱いが違う。

別綴じで、参照制限の印が押されている。


一行目は短い。


「体感異常:軽微」

「再現:不可」


次から、現場の声が箇条書きで並ぶ。

文章は整っていない。整っていない部分が残されている。


住民の反応が揃いすぎる

説明が通りすぎる

時刻は合っているが、順番だけが違う

言い直しが発生しない

質問が出ない


アレンは一つずつ目でなぞる。

どれも被害ではない。事故でもない。災厄でもない。

それでも、現場は拾っている。


現場指揮の記録が添付されている。

「動線成立。混乱小。断定語不使用。一次対応済」

手順は整っている。整っていることが成功になる。


成功の行は短い。

短い行が積み上がるほど、説明は減る。


追記の末尾に、短い会話の転記がある。

名前はない。役割だけが残る。


「助かった」

「……はい」

「説明が早かった」

「手順どおりです」


手順どおり。

便利な語ほど、痕を残さない。


アレンは紙の角を押さえる。

折り目は付けない。折り目は痕になる。

痕は拾われる。拾われれば、参照になる。


端末が鳴る。

第参課の更新通知。補正が入ったことだけが出る。


「WSI算出誤差:縮小」

「参照優先順位:更新」

「未分類成分:指標外」


指標外。

その二文字で、いくつも片づく。


アレンは表示を閉じない。

閉じれば、済になる。

済が入ると、追記が末尾へ押し込まれる。


押し込まれた追記は残る。

残るが、効力にならない。


照会端末に接続が入る。

セレナからの回線だ。声は短い。


「補正しました」


「何を」


「誤差を」


「誤差は、元から誤差だ」


「縮小しました」


縮小。

良い言葉は通りがいい。


アレンは追記の箇条書きを見たまま言う。

言葉を選ぶ。慎重さのためじゃない。記録を動かさないためだ。


「現場は、何か拾ってる」


セレナは即答しない。

一拍置く。置いた一拍の間に、キー音が入る。


「体感です」


「再現は」


「不可」


「だから、誤差に落ちる」


セレナの声は平らだ。

平らな声が運用を守る。


「外れていません」


外れていない。

当たっている、ではない。


外れていないという形が、どこへ押し込むかを決める。

押し込まれるのは、現場の声だ。


アレンは返さない。

返せば論争になる。論争は発生しない。発生させる理由がない。


追記欄の一番下に、空いた行がある。

書ける行だ。書かれていないだけの行。


アレンはペンを取る。

端末入力ではない。ログに乗らない形だ。

紙は残る。残り方が違う。


一行だけ書く。


「説明が通るほど、差異が見えにくい」


続けて、もう一行。


「観測は可能。測定は不可」


声には出さない。

出せば、語が動く。

語が動けば、分類が動く。分類が動けば、帳簿が閉じる。


アレンはペンを止める。

止めたのは迷いじゃない。線だ。

この線は、見せない。見せれば手続きになる。


追記を元の位置に戻す。

本文の後ろに挟む。

挟んだだけで、扱いが変わる。扱いはまだ変えない。


軽微逸脱報告の表紙に、済の欄がある。

空欄のままでも進む欄は多い。

だが、この欄は、空欄では進まない。


アレンは印を置かない。

置かなければ止まる。

止まれば、次が来る。


次は、来る。

来る形で届く。

同じ形に収まれば、消える。


アレンは箱を閉じる。

閉じる音は軽い。

軽い音のまま、記録だけが増える。


処理は終わっていない。

だが、手続きは進んでいる。

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