現場確認 ――遅れの代償
転移のあと、地面が一拍遅れて足裏に来る。
アレンは、その違和感が消えるまで動かなかった。
急げば、判断が雑になる。
目の前に広がっていたのは、小さな村だった。
家は少ない。
畑は荒れ、道は踏み固められている。
地図に名前を載せるほどでもない場所。
――空の色が、おかしい。
雲はある。
光もある。
それなのに、
どこか一色だけ、抜け落ちている。
説明できない。
だが、見逃してはいけない種類の異常だ。
「……遅れたか」
口に出すと、事実になる。
第七課の仕事は、たいてい後追いだ。
起きた出来事を、
「これ以上起こらせない」ために来る。
だが今回は、
起きかけている最中のはずだった。
はずだった。
「来るの、遅い!」
鋭い声が飛んできた。
振り向くと、
一人の少女がこちらへ駆けてくる。
土で汚れた服。
茶色の髪をひとつに束ね、
目だけが異様に強い。
エリナ。
村の鍛冶屋の娘。
年は、十七。
「境界管理局でしょ!?
もっと早く来ると思ってた!」
責める声。
隠す気はない。
「……すまない」
アレンは、すぐに謝った。
言い訳は、意味を持たない。
「もう、手遅れかもしれないのに!」
「何があった」
「父さんが……
昨日から、戻ってこない」
嫌な予感が、確信に変わる。
「どこへ行った」
「森の奥。
“英雄様”を探しに」
英雄様。
誰かがそう呼び始めた時点で、
状況はもう転がり始めている。
「案内してくれ」
短く言う。
エリナは一瞬だけ迷い、
すぐに走り出した。
森は、静かすぎた。
鳥の声がない。
虫の羽音もない。
代わりに、
何かが擦れるような音だけが残っている。
「……この先」
エリナが足を止めた。
地面に、黒い線が走っている。
魔力痕。
しかも、歪んでいる。
無理に力を引き出した跡だ。
進む。
木々の間に、人影が倒れていた。
男だ。
鍛冶屋。
まだ、生きている。
だが、息が浅い。
肌の色が、少しだけ薄い。
色が、抜け始めている。
「父さん!」
エリナが駆け寄ろうとする。
「待て!」
アレンは腕を掴んだ。
遅かった。
鍛冶屋の身体が、びくりと跳ねる。
次の瞬間、
空気が歪んだ。
制御されていない力。
暴発。
衝撃が走る。
アレンは前に出た。
結界を張る。
――間に合わない。
理解した瞬間、
衝撃が身体を打った。
地面を転がる。
痛み。
それ以上に、
守りきれなかったという感覚。
音が戻る。
悲鳴。
エリナの声。
視界を上げる。
鍛冶屋は、動いていなかった。
生きている。
それだけが、分かる。
「……なんで」
エリナが呟く。
「英雄なんでしょ……?」
問いは、アレンに向けられていない。
世界に向けられている。
「……遅れた」
アレンは、それだけを言った。
否定できない事実だった。
エリナは、ゆっくり振り向いた。
怒りと、絶望と、
理解できない感情が混じった目。
「じゃあ……
早く来てたら……?」
答えはない。
沈黙は、
肯定と同じ重さを持つ。
エリナは、歯を食いしばった。
「……管理局なんて」
声が震える。
「世界を守る組織なんて、
嘘じゃない」
感情だけの言葉。
正論じゃない。
だが、正しい。
アレンは、その場で判断を下さなかった。
帳簿を閉じるには、
あまりにも重すぎる現場だった。




