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境界監理局・第七課  作者: きなとろ
世界安定という正義
37/54

定例 ――指標が通る

会議室の空気は整っている。

整っていることが、前提になる。


椅子の位置は揃っている。端末の角度も揃っている。

第七課の席に座る。フードは上げない。ここは保留の姿勢を見せる場所ではない。


机上に、定例議事録の束と、指標運用更新の確認欄がある。

紙質は同じだ。だが、欄が増えている。


「確認から入ります」


書記の声は短い。

回覧番号。改定番号。施行日。


施行日:即日。

一行だけで足りる。


上座の黒が頷く。

頷きは同意に見えない。確認に見える。確認は進む。


確認欄の枠は空欄では進まない。

枠があるだけで、作業は成立する。


「指標運用更新、反映済み。各課、参照優先順位は更新のとおり」


誰も驚かない。

驚きは議題になる。議題は止める手続きになる。止める手続きは、ここには予定されていない。


アレンは反射で否定しない。

否定は議事録に残る。残る形は、運用になる。


資料の端を指で揃える。折り目はつけない。

折り目は痕になる。痕は拾われる。


向かいの席に群青がいる。

セレナは紙を持たない。端末の表示だけを見る。視線が落ちない。


「次の変動を列挙します」


言い方が、報告書のそれと同じだ。

列挙は予測の顔をしていない。前提の顔をしている。


「北部物流集積地帯。変動幅、基準値内。持続時間、短。回復傾向」

「南方沿岸部。変動幅、基準値内。持続時間、中。収束条件、未確定」

「内陸居住域。変動幅、基準値内。発生頻度、増。相関、弱」


数字が先に並ぶ。

並ぶことで、対象が整う。整ったものが扱われる。


第参課の席が補足を入れる。

「確度は維持。入力値は更新済み」


一拍置く。


「未分類成分は」

「指標に含まれません」


机上が静まる。

静まるが、止まらない。止める語が、資料にない。


第壱課の黒が確認する。

「指標外の成分は、運用対象外として扱う。異論は」


語だけが置かれる。

記録欄は末尾にある。


誰も手を挙げない。

挙げる理由が成立しない。理由を成立させる語を、手元は用意していない。


書記の指が動く。

末尾の欄に、短い行が増える。行は増える。効力は増えない。


「対応方針」


書記が次の頁を開く。

指標運用更新の確認欄がもう一つ出る。増えた欄は戻らない。


第弐課が口を開く。

「兆候は災厄未満です。動員根拠は――」


第壱課は遮らない。遮らないまま、欄を指す。

「指標は基準値内。現場負荷は」


現場負荷。

数字にしづらい語が、ここでは項目になる。項目になった瞬間、扱える。


第参課が答える。

「負荷指数、上振れ。だが、変動は基準内」


矛盾が揃う。

揃った矛盾は、整合の対象になる。


第五課が淡々と言う。

「封印準備は可能です。起動は命令待ちです」


可能。命令待ち。

最後の手段が、平常の手順に収まる。


セレナが短く補足する。

「封印の根拠は不足。安定度は維持」


第壱課が確認する。

「維持を優先する」


優先。

欄に収まる語だ。


書記が画面を確認する。

「本改定により、世界安定度の算出誤差は縮小します」


誰も反応しない。

反応は議題になる。議題は止める手続きになる。止める手続きは予定されていない。


「第七課」


呼ばれる。

呼ばれることが、役割になる。


アレンは短く返す。

「確認します。指標が基準内であること。封印の根拠が不足していること。現場負荷が増えていること」


否定しない。結論に寄らない。

列挙だけで、場が整う。


第壱課が一拍置く。

「継続」


その語が軽い。軽いまま、責任線が増える。


書記が議事録に打ち込む。

「対応方針:継続」

「指標:運用更新済」

「確認欄:済」


「済」が入る。

それで足りる。


会議は終わる。終わり方も決まっている。

誰も立ち上がる順番を迷わない。


アレンは紙を束ねる。折らない。丸めない。

署名欄を見ないように視線を外す。枠だけが残る。


廊下に出る。

端末の通知が一つ増える。


測定可能。

基準値内。

継続。


更新時刻は揺れない。

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