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境界管理局  作者: きなとろ
帳簿にない英雄
3/22

初動 ――境界管理局

境界管理局の会議室は、広すぎる。


机は長方形で、その周囲に二十の席が用意されている。

だが、埋まっているのは半分にも満たない。


空席が多いわけじゃない。

必要な人間だけが集められている。


それが、この組織のやり方だった。


アレンは、壁際の席に腰を下ろした。

第七課は、いつも端だ。

中央に座る理由がない。


机の中央には、案件票が一枚置かれている。

白い紙。

文字は黒い。


紙は軽い。

内容は重い。


「では、確認に入ります」


進行役の声が、静かに響いた。


第六課――対外調整課。

ミレイユ・カーン。


柔らかな笑顔を浮かべたまま、彼女は資料に視線を落とす。


「未登録英雄案件。

 功績は確認済み。

 被害は最小。

 現時点での世界への影響も、軽微です」


数字だけを並べれば、理想的だった。


「英雄登録は?」


誰かが訊ねる。


「未処理です」


即答だった。


「登録すれば済む話では?」


深紅の外套が揺れる。

第弐課。現場対応の課だ。


ミレイユは肩をすくめた。


「登録すれば、英雄になります」


事実を言っているだけの声。


「英雄になれば、責任が生まれます。

 責任が生まれれば――」


彼女は、そこで言葉を切った。


続きを、誰も口にしない。


英雄は、役割を終えられない。

それは、この場にいる全員が知っている。


アレンは、机の上の資料に目を落とした。

第一話で見たのと同じ空欄。


名前が、ない。


「第七課の見解は?」


ミレイユの視線が向く。


逃げ場はない。

第七課は、こういう場面のためにある。


アレンは、資料を一枚だけめくった。

ページの端を揃える。


「現時点では、判断不能です」


会議室が、静まった。


「理由は?」


「情報が足りない」


それだけだった。

事実しか言っていない。


群青の外套が、わずかに動く。


第参課――災厄予測課。

セレナ・ヴァイス。


「世界は、安定しています」


淡々とした声。


「未来予測上、この案件による破綻は確認されていません」


数字と確率。

彼女の言葉は、いつも正しい。


「なら問題ないのでは?」


誰かが言った。


セレナは首を横に振る。


「“問題がない”と

 “判断していい”は、違います」


空気が、一段冷えた。


アレンは、少しだけ顔を上げる。


「第参課は、登録を推奨する?」


セレナは、すぐには答えなかった。


沈黙。


それ自体が、答えだった。


「……最適解ではあります」


彼女はそう言った。


「英雄がいれば、世界は安定します」


正しい。

訂正の余地はない。


会議室のどこかで、

言葉が生まれかけて、消えた。


――一人で済むなら。


誰も口にしない。

だが、全員が同じ言葉を思い浮かべている。


ミレイユが、軽く咳払いをした。


「では、仮処理として――」


「待ってください」


アレンの声は、思ったよりはっきりしていた。


視線が集まる。

第七課は、いつも嫌われ役だ。


「登録を急ぐ理由はありません」


「世界は安定しているわ」


ミレイユが言う。


「だからです」


短い返答。


安定しているからこそ、

判断は遅らせるべきだ。


その理屈を、この場で言い切るのは危険だった。


沈黙が落ちる。


課長席は、空いたままだ。

最初から、そこに座る人間はいない。


最終判断は、まだ先。

それだけは、全員が理解している。


「……分かりました」


ミレイユは、笑顔を崩さなかった。


「第七課預かり。

 現場確認後、再協議とします」


誰も納得していない。

それでいい。


会議は、終わった。


廊下に出ると、

空気が少しだけ軽くなった気がした。


「あなたは、迷っている」


隣に並んだセレナが言う。


断定だった。


「迷うのが仕事だ」


アレンは答える。


「迷い続ければ、

 最適解は失われます」


「それでもいい」


短い沈黙。


「英雄が一人で済むなら?」


セレナが言った。


アレンは、足を止めた。


第一話で見た空欄。

まだ埋めていない名前。


「……それでも」


短く答える。


「帳簿は、簡単に閉じない」


セレナは何も言わなかった。

ただ、記録するような目で、アレンを見ていた。

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