中継 ――数字の限界
第参課・災厄予測室の端末は、昼から止まらない。
画面の更新は一定の間隔で揃い、警告音は鳴らない。鳴らないように整えられている。
リィナは席を立たない。立つ理由がない。指だけが動く。
受信欄に、同じ案件名が並ぶ。別件の境界変動。一次対応。待機コード発動。現場稼働。
現場側のログが、細かく入ってくる。
座標。時刻。風向。交通量。誘導人数。臨時動線。封鎖範囲。救護要請の有無。
被害は、まだない。
だから、数字は整う。
リィナはモデルを呼び出す。入力欄に、現場から来た値を流し込む。
予測曲線が出る。幅が出る。幅が狭い。
予測結果は、現時点で「災厄未満」を示す。
現場対応に必要な値は揃っている。根拠として使える範囲の中では。
リィナは送信欄を開き、リアルタイム予測を現場へ投げる。第弐課の共有先。第七課の共有先。第五課の準備先。第壱課の承認先。
宛先は、手順どおりに自動で立ち上がる。
送信の直後、入力欄の一部が灰色のまま残る。
未分類成分。入力不可。数値化不能。
画面の端に注記が出る。
— 未入力項目あり
— 予測精度:低下
— 誤差処理:自動補正(暫定)
補正は走る。走るように作られている。
リィナは灰色の欄を見たまま手を止めない。誤差として扱えば、モデルは回る。回すのが仕事だ。
「誤差に落とすの?」
背後から声がする。セレナだ。第参課の室内では、足音が消えるように歩く。
消えているのではない。聞き取れる範囲に整えられている。
リィナは振り返らない。
「未入力です。暫定補正が動きます。扱いは誤差です」
「“誤差”は便利ね」
セレナは端末の横に立つ。画面を覗き込む角度ではない。見る権限のある立ち方だ。
彼女の視線は曲線ではなく、灰色の欄に落ちる。
「未分類成分は、誤差じゃない」
リィナの指が一度だけ止まる。
止まったのは反論ではない。手順の確認だ。
「入力できないものは、モデル外です。モデル外は、誤差扱いで回します」
「回すための語が、判断になることがある」
セレナは淡々と言う。声の温度が変わらない。
止めるときにだけ、語尾が短くなる。
リィナは画面の注記を指でなぞる。
「低下は表示されます。現場は“低下”を根拠に動きを増やせます」
「“低下”を理由に封印へ寄せるのは、危険」
封印、という語が出る。
照明は変わらない。表示も変わらない。
リィナは言う。
「境界線が確定できないなら、封印へ進めません。確定に必要な値が欠けています」
それは事実だ。
値が欠けると、結論は作れない。結論が作れないと、封印は起動できない。
セレナは画面を一つ切り替える。現場からの最新ログ。住民照会。行政区分確定要求。
数字ではない、言葉の束が並ぶ。
「欠けているのは値だけじゃない」
リィナは画面から目を離さない。
「当たっています。災厄未満。被害なし。予測曲線も安定しています」
「当たっているのに、決められない」
セレナの言葉は肯定でも否定でもない。
画面の予測曲線は、現場に合わせて滑らかに更新される。肝心な瞬間だけ、空白が残る。空白があるまま、曲線だけが綺麗に整う。
リィナは補正の設定に手を伸ばす。
セレナが止める。指ではない。言葉で止める。
「暫定補正を外して」
「外すと、出せません」
「出せない状態のまま出して。空白は空白として送る」
リィナは送信欄を見る。
空白を空白として送る。それは、予測の体裁を崩す。崩すと、受け取る側が困る。困るのは、第弐課だ。第五課だ。第七課だ。
だが、誤差に落とすと、手続きが動く。動くのは、封印の準備だ。
準備が進むと、戻る理由が減る。
リィナは設定を切り替える。
注記が変わる。
— 未入力項目あり
— 予測結果:参考値
— 確度:算出不能(該当項目のため)
送信欄に、短い文言を付ける。
「未分類成分により確度算出不能。参考値のみ」
送信する。
送信後、予測室のログに追記が残る。
表示整形:不成立(該当項目のため)。
予測は現場へ届く。届いた予測は、役に立つ部分だけが使われる。役に立たない部分は、欄のまま残る。
現場から返ってくるログが増える。
動線整理。臨時封鎖。避難誘導。照会増加。住民の要求。
数字は追いつく。追いつける範囲だけ。
追いつけない部分は、欄のまま残る。
リィナは灰色の欄を見続ける。
増えているのは、入力ではない。空白だ。
セレナは席を離れる。離れる前に一言だけ残す。
「推奨は変更しない。観察は継続」
リィナは頷く。頷いたのは同意ではない。受領だ。
第参課の言葉は、こういう形で確定する。
画面の右上に、時刻が更新される。午後から夜へ移る。
曲線は動く。空白は残る。
処理は終わっていない。
だが、手続きは進んでいる。




