照会 ――帳簿の仕様
第六課の廊下は白い。
白さは、清潔さではなく規定に近い。
扉の前でアレンは立ち止まる。
フードは上げない。
ここは判断を保留する場所ではない。
認証。
表示。
入室。
室内は静かだ。
静かなのに、紙の匂いがする。
端末が並び、紙の束が消えない。
第六課の職員が顔を上げる。
白い外套。
袖口に、細い識別糸。
「第七課。照会です」
アレンは名を言わない。
第六課では、名は最後に出る。
帳簿が先だ。
職員は頷き、手元の端末を起動する。
画面に出るのは、項目だけだ。
登録区分。
登録可否。
登録理由。
登録保留。
登録不可。
「照会内容」
「未分類境界変動事象が、英雄関連として扱われる条件」
言った瞬間に、部屋の温度が変わらないことが分かる。
変わらないのが第六課だ。
職員は一拍置き、画面を切り替える。
検索欄に、短い語を打つ。
英雄。
未分類。
接続。
「条件は整っています」
その語は、ここでは制度として扱われる。
「整っているのに、接続されない例がある」
アレンは続ける。
問いの形を崩さない。
職員は視線を上げない。
上げずに、答える。
「あります」
「理由は」
「帳簿には残りません」
即答に見えるが、即答ではない。
第六課の答えは、仕様だ。
アレンは机上のファイルを見ない。
見ると、参照になる。
参照は処理だ。
「帳簿には残らない、とは」
職員の指が止まる。
止まってから動く。
画面の一角が灰色になる。
閲覧権限の欄。
「登録されなかった理由は、帳簿の外です」
「帳簿の外」
「帳簿に書くと、確定します」
職員はそこで言葉を切る。
切ることで、線を引く。
アレンは頷かない。
否定もしない。
第七課は、線の内側を急がない。
「基準はありますね」
「あります」
「満たしても、登録されない」
「あります」
同じ返答が並ぶ。
並ぶことで、違いが見える。
「例外ですか」
職員の指が、もう一度止まる。
止まった指先が、端末の別の欄を開く。
開くが、表示は出ない。
黒い帯。
閲覧不可。
「例外ではありません」
職員は言う。
「仕様です」
仕様。
それは、誰の判断でもない形で存在する。
そして、誰の責任でもない顔をする。
アレンは一歩だけ前に出る。
距離を詰めるのではない。
音量を変えずに、圧だけを移す。
「仕様なら、運用の入口がある」
職員は、ようやく画面から視線を外し、アレンを見る。
目は冷たいのではない。
冷たさが仕事に見える。
「入口は、記録番号です」
「番号は残る」
「理由は残らない」
それは矛盾に見える。
だが、第六課では矛盾は整理されている。
職員が引き出しから一枚の紙を出す。
印字ではない。
手書きの転記。
紙は薄い。
薄いのに、扱いの段階が違う。
「これ以上は、照会では出せません」
アレンは紙を受け取らない。
受け取れば、所持になる。
所持は、責任になる。
「口頭で」
職員は頷く。
「基準を満たしても登録されない場合、帳簿には“登録なし”だけが残ります」
「登録なしは、未分類に落ちる」
「落ちるのではありません。接続されません」
言い換えが、精密だ。
第六課は精密にしか言わない。
精密さが、空白を増やす。
「接続されないまま残る」
「残ります」
「残ったものは、誰が扱う」
職員は一瞬だけ間を置く。
間を置いて、制度名を言わない。
「担当は、第七課になることが多いです」
多い。
断定を避ける語。
断定を避けることが、ここでは保身ではなく仕様になる。
アレンは机上の端末を一度だけ見る。
画面の隅に、色の欄がある。
白でも黒でもない。
淡い灰青に近い記号。
未定義色。
職員が、そこを指で覆う。
覆う動作が早い。
早いのに、焦りではない。
「その欄は」
アレンが言いかける。
「参照制限です」
職員が遮る。
遮っても声は上がらない。
上がらないことが、ここでの最大の拒否だ。
アレンは引く。
引いて、問いを戻す。
「未分類が英雄へ接続されない可能性がある」
職員は頷く。
「可能性はあります」
「それが仕様」
「仕様です」
アレンは息を吐く。
感情ではない。
体から出る空気だ。
「第七課で扱う。だが、英雄としては扱えない」
職員は返さない。
返せないのではない。
返さないことで線を守る。
アレンは最後に言う。
「登録されなかった理由は、記録されていない」
職員が一度だけ頷く。
「記録されません」
アレンは扉へ向かう。
白い廊下が戻ってくる。
戻ってくるのに、何かが増えている。
手の中には何もない。
だが、空白の仕様だけが残る。
第七課に戻れば、ガルドは言うだろう。
セレナは数値を見るだろう。
そして、帳簿は閉じないまま増える。
処理は終わっていない。
だが、手続きは進んでいる。




