待機 ――動けない理由
第弐課・現場対応課の執務室は、広く設計されている。
机の間隔は取られている。
通路も確保されている。
人が装備を整え、すぐに移動できるように配置された空間だ。
だが、現在は稼働していない。
端末の画面には、複数の問い合わせ履歴が並んでいる。
送信先は、すべて同じ。
第七課。
未分類境界変動事象についての照会。
対応可否。
出動要否。
どれも、返答待ちの状態だ。
「……また、未分類か」
若い職員が、画面から目を離さずに言う。
独り言に近い声だ。
「被害報告は」
隣の席から、確認が入る。
「なし」
「負傷者は」
「報告なし」
「住民の避難要請」
「出てません」
短いやり取りで、情報は揃う。
不足がない。
測定値に異常はない。
建造物の損壊もない。
生活インフラも、稼働している。
「……動く理由が成立しないな」
誰かが言う。
反論は出ない。
第弐課は、被害のある現場に出動する。
収束と復旧を担当する。
だが今回は、
収束させる対象が確認できない。
戻すべき状態が、
崩れていない。
「色が薄く見える、とか」
「音が半拍遅れる、とか」
報告はある。
だが、いずれも体感に留まっている。
測定不能。
再現不可。
生活への影響、なし。
「……正直な話」
別の職員が、慎重に言葉を選ぶ。
「被害がないってのが、いちばん判断しづらい」
視線が集まる。
「被害があれば、出動できる。
理由が書ける。
記録が通る」
だが、今回は違う。
「何も壊れてない。
誰も困ってない」
言葉が、そこで止まる。
それ以上は、続かない。
それが、規定された手順だ。
端末の通知音が鳴る。
第七課からではない。
「……判断待ち、だな」
主任格の職員が言う。
「第七課の判断が出るまで、
第弐課は待機」
異論はない。
現場に出れば、
それだけで「対応した」という記録が残る。
記録が残れば、
事象の扱いが変わる可能性がある。
「だから、動かない」
動かないことが、影響を最小に抑える。
理由が成立していないからだ。
執務室の時計が進む。
秒針の動きは、一定だ。
システムは機能している。
手順も、規定も、揃っている。
それでも、
誰も動けない。
第七課の判断が、
まだ記されていない。
第弐課の執務室は、
動くために作られている。
だが今は、
待つための場所になっている。




