とうめいな魔法使いと、消えないらくがき
子育てお疲れ様です
あるところに、サラというお母さんがいました。
サラは、毎日朝から晩まで、大忙しです。
でも、サラの仕事は、とても不思議な仕事でした。
なぜなら、どれだけ頑張っても、すぐに「なかったこと」になってしまうからです。
朝ごはんを作っても、すぐに食べられてお皿は空っぽ。
おもちゃを片付けても、振り返ればもう散らかっている。
洗濯物を畳んでも、次の瞬間には泥だらけの服がカゴに入っている。
サラは時々、自分が「透明人間」になったような気がしました。
「私、一日中動き回っていたのに、何も残せていないみたい」
夕暮れ時、散らかったリビングの真ん中で、サラはため息をつきました。
自分のやっていることは、砂にお絵描きをしているみたいに、波が来たらすぐに消えてしまう。そんな虚しさが、胸いっぱいに広がりました。
ある雨の日の午後、3歳の娘のミイが、ご機嫌斜めでした。
「ちがう! このクッキーじゃない!」
「お人形の服、ママが着せて!」
サラが何をしても、ミイは「イヤ!」と泣き叫びます。サラの「透明な頑張り」は、ミイの涙の嵐に吹き飛ばされてしまいました。
ついに、サラの心の糸がプツンと切れました。
「もう、ママ知らない!」
サラはキッチンに逃げ込み、しゃがみこんで顔を覆いました。ダメな母親だ。もっと優しくしたいのに。自己嫌悪の冷たい雨が、サラの心に降り注ぎます。
しばらくして、嵐が止んだことに気づき、サラはそっとリビングに戻りました。
ミイは静かに、床に広げた大きな紙にクレヨンで何かを描いていました。
「……何を描いているの?」
サラが疲れた声で尋ねると、ミイはパッと顔を上げて、得意げに言いました。
「ママ!」
そこには、ピンクや黄色、水色のクレヨンがぐるぐると渦を巻いている、大きな丸が描かれていました。
「これが、ママ?」
サラが聞くと、ミイは小さな指で、その色の渦をなぞりながら説明し始めました。
「うん。あのね、このピンクは、ママが『だいすき』ってぎゅーしてくれた色。
このきいろは、ママがつくってくれたオムレツの、おいしい色。
このみずいろはね、ミイがないたとき、ママが『よしよし』ってしてくれた色」
ミイは、サラを見上げてにっこり笑いました。
「ママはね、いつもいろんな色をくれるの。だから、こんなにきらきらなんだよ」
サラはハッとしました。
サラが毎日必死で積み上げては崩されていた、あの「透明な仕事」。
それは、消えてなくなっていたのではなかったのです。
片付けた部屋も、作った料理も、かけてあげた言葉も。
その一つひとつが、目には見えない「愛情の色」となって、ミイの心の中に、しっかりと塗り重ねられていたのでした。
サラは涙をこらえながら、ミイを強く抱きしめました。
「ありがとう、ミイ。ママのこと、そんな風に描いてくれて」
部屋は相変わらず散らかっています。夕飯の準備もまだです。
でも、サラはもう、自分が透明だなんて思いませんでした。
お母さんの仕事は、すぐには結果が見えません。誰かに褒めてもらえることも少ないかもしれません。
けれど、あなたは毎日、子どもの心という真っ白なキャンバスに、世界で一番温かくて、絶対に消えない色を塗っている、すごい魔法使いなのです。
サラはミイの描いた「きらきらのママ」の絵を冷蔵庫に貼ると、少しだけ軽くなった足取りで、夕飯の支度に取り掛かりました。
(おしまい)




