4話
オーガを倒してから、俺たちは帰ることになった。とても釣りを続けられる状況ではなかったからだ。
城壁をくぐった頃には、夕陽が町を赤く染め始めていた。
ルリはなかなか泣き止まず、結局腰を抜かしたままだったので、俺が背負っている。
帰り道、ユランは何度もオーガ戦の話を興奮気味に話しかけてきた。どうしてあの時のことを楽しそうにしているか理解できなかったため、ユランに対して、俺は適当に相槌を打つ。
「先に帰って晩御飯を作って待ってますね。2人は任せましたよ」
スーさんは釣った魚を持って先に館へ向かった。
ここは一番年上で保護者役のスーさんが2人を家に送るべきではと考えたが、そういえば俺は料理ができないことを思い出す。スーさんが帰った後、何も準備されていない食卓を見たら……、想像するだけでも恐ろしい。
俺はまず家の近いユランを送り届ける。
「また遊ぼうな」
ユランが手を振りながら元気よく家の中へ帰っていくのを見届けた後、俺はユランをすごいと思ってしまう。今日一日を通して、ユランはずっとあんな感じだった。どこからあの元気さが出てくるのだろうか。
途中で生意気なユランに対して感心している自分に気づき、そんなはずはないと自身の感情を否定する。
俺とルリの2人になると、石畳の道を歩く足音だけが静かに響く。
後ろの様子が気になり、少し横目にうかがうと、ルリはもう泣き止んでいた。家についても泣いてたらどうしようと考えていたため、一安心する。
「セフラお兄ちゃん」
背中に背負っているルリが話しかけてくる。
「どうした?」
「重くない?」
「全然。むしろ軽すぎるな。ちゃんとご飯食べてるか?」
「食べてるよ。好き嫌いせずに」
「はは。そっか」
少しの沈黙の後、ルリが再び口を開く。
「……ねぇ。セフラお兄ちゃん」
「今度はなんだ?」
「今日は楽しかった?」
「急にどうしたんだよ」
唐突な質問に、俺は少し驚いて歩みを止めた。
「だって……セフラお兄ちゃん、ずっと悲しそうな顔してたから」
「悲しそう?」
「うん。3ヶ月前に初めて会った時から、ずっとそうだった」
それって俺たちが初めて出会った時だよな。
俺は3ヶ月前のこと少し思い出す。あの時はユランとルリの2人が町の外でランクモンスターに襲われていて、俺たちが偶然通りかかって助けたはず……その時から!?
「どうしてそんな顔してるんだろうって気になってた」
「……」
俺にそんな顔をしていたつもりはない。しかし……。
「私にはわからないけど、きっと何か辛いことがあったんだよね」
辛いことと言われ、視線を下におろす。
あの時からだ。クリード博士がいなくなったあの瞬間から、俺の気分はどん底にあった。表情に出しているつもりはなかったが、ルリはそれを感じ取ったのだろう。
途中で俺は1つの答えにたどり着いた。
もしかして俺は博士が死んだことを、ずっと悲しんでいたのか?
「だからね、どうしたらセフラお兄ちゃんが笑ってくれるか、考えてたの」
「それで遊びに誘ってくれてたのか」
「うん……でもユランは違うよ。ユランはただ遊びたかっただけだと思うから」
ユランは想像通りだけど、正直驚いた。こんな小さな子どもが俺を心配して、3ヶ月間も来ていたのだから。
「今日やっと一緒に遊べて、すごく嬉しかった」
ルリの声が徐々に小さくなっていく。まるで不安に押しつぶされるかのように。
「ただ、少し怖くもあったの。迷惑じゃないかなって。もしそうだったら」
「はぁ。そんなわけないだろ」
俺は再度、歩き出しながら言った。
「楽しかった」
「え?」
「今日は本当に楽しかったよ。遊びに出るのもいいなって思えるぐらいにな」
ちょっと恥ずかしいが本心だ。俺は今日、初めて他人と遊んで楽しく感じていた。スーさんと他人との掛け合い、ユランとルリの笑い声。どれも新鮮で心地よいものだった。これを楽しくなかったとは、とてもじゃないが言えない。
「ほんとに?」
「あぁ。魚が釣れなかったのは悔しいし、オーガに襲われたりしたけど、それでも楽しかった。お前たちが一緒にいてくれたからだ」
ルリの手が俺の肩をぎゅっと掴む。
「だから、また誘ってくれるか?」
「……うん。絶対にまたいくから。明日も明後日も」
ルリの声が震えていた。もしかしてまた泣いているのか?
背中に顔を当てられて見えないからわからないが、これはたぶん大丈夫な気がした。
「なら当分は2人に付き合わされそうだな」
「えへへ。そうだよ」
2人で笑いながら、俺はルリの家へと向かった。
しばらくして、ルリの家に到着する。小さな木造の家で、窓からは温かな明かりが漏れている。
俺は玄関の前でルリを降ろした。
「ありがとう、セフラお兄ちゃん。また明日ね」
ルリは涙の跡が残る顔で、笑顔を浮かべていた。
「あぁ。またな」
ルリは大きく頷き、家の中へと入っていった。扉の閉まる音が静かに響く。
俺は一人、来た道を戻り始めた。
◇◆◇◆◇◆
俺は片手で自分の顔を触る。
もしかして俺って表情に出やすい? それとも、ルリが偶然そういったことを感じ取りやすい子どもだったのか。
館に帰ったら、1度自分の顔を見てみよう。
「それにしても、今日は色々なことがあったな」
今日一日を思い返す。
最初は面倒だったが、ユランとルリと一緒に遊べてよかった。これが仲良くなるというものだろう。
でも、やっぱりスーさんについては文句を言いたい。無理やり外に出したのもそうだが、経験だとか言って2人を危険に晒したのはよくなかった。いくら俺とスーさんが強いからって、必ず安全とは限らない。絶対に俺が正しかったはずだ。
「帰ったら、ちょっとした悪戯をしてやろう」
後が怖いはずだが、高揚していたせいか今の俺はそれに気づかない。
様々な悪戯を思い浮かべながら歩いていると、館につく手前の曲がり角で、俺は何かに躓いてしまった。
「うわっ」
バランスを崩しかけて、慌てて足を踏み出す。躓いた拍子に、足元から小さな音が聞こえた。
「なんかにぶつかった?」
俺は足元を見下ろす。
躓いた何かを見ると、それは人だった。
旅人のような服装をした人物が、うつぶせで地面に倒れている。フードのついた外套を羽織り、フードからブラウンの髪が漏れていた。
「うわぁぁぁぁ」
恐ろしい事件に襲われた人間のような、情けない声が出てしまう。
俺の館は町の隅っこに建てられており、この時間帯で人がいることは珍しい。しかも、倒れているとなればなおさらだ。
旅人は俺の声に反応したのか、少しだけ動く。
よかった。まだ生きているようだ。
俺は慌てて膝をつき、旅人の顔を覗き込む。フードの影から見える顔は、若い女性のものだった。顔色は悪く、反応が薄い。
「おい。大丈夫か?」
「……お腹が……空いた」
「お腹が空いた?」
「……食べ物を……ください」
か細い声で伝えられた言葉に、俺は一瞬固まる。
食べ物? もしかして空腹で倒れているのか? 今時、そんな人間いるのか?
俺が住むこの国、エルドラン帝国は豊かな国だ。広大な大地に生きる多くのモンスター、肥沃な土地から取れる沢山の作物のおかげで常に食料はあふれていた。1000年以上の長い歴史がある中で、一度も飢饉に襲われたことがないほどにだ。
「ちょっと。動けるか?」
「……」
反応がなくなり、女性は動かなくなった。呼吸はしているようだが、意識が朦朧としているようだ。
このまま放っておくわけにはいかない。でも、どうすればいいんだ。俺は周りを見渡すが、誰もいない。
こうなったら、館に連れて行くしかない。
俺は女性を抱き上げて、走り出す。
「もう少し我慢してくれ」
女性は何も答えず、ただ、小さく息をするだけだった。
俺は急いで館へと向かう。スーさんが晩御飯を用意しているはずだから、何とかなるはずだ。
今日は本当に色々なことがある一日だ。まさか、最後の最後で、こんなことに見舞われるとは。




