3話
モンスター。
それは人間以外の生き物の総称だ。中でも危険なモンスターをランクモンスターとして区分されている。ランクはモンスターの危険度・難易度を目安とされて、Gランク~Sランクまで幅広い。最低ランクのGランクでも一般人では十分危険な存在と言われている。
という感じの危険なランクモンスターが森の奥にいて、しかもこちらに近づいていた。
偶然か、それともこちらに気付いているのか、考えてもわからない。
3人を見ると変わらず釣りをしていた。まだ俺だけしか気づいていないようだ。
もっとこの環境を楽しんでいたかったが、ユランとルリの安全を考えるならすぐに離れるべきだろう。
俺は名残惜しむように立ち上がり、一瞬で2人の元へ移動した。
「わっ! びっくりした。いきなり現れないでよ」
ユランは突然の移動に驚いたのか、目を丸くしてこちらを見上げ、手に持っていた釣竿を落としそうになっていた。ルリはきょとんとした表情で固まっている。
「ランクモンスターが近づいてきてるから逃げるぞ」
「えぇ!? それ大丈夫なの」
ユランの大きな声が響く。
そんな大声を出すほどかと思ったが、子どもであるユランにとってランクモンスターは非常に危険な存在だ。当然の反応だろう。
「まだ遠くだから大丈夫だ。でもこっちに近づいているから急いで離れないといけない」
「そんな……じゃ、じゃあ早くしなきゃだね」
ルリは話を理解してくれたようで、慌てるように動き出す。
「足元悪いから、急いで転ぶなよ」
ユランとルリは急いで浮きを戻して、準備をし始める。スーさんは釣り竿をすでに片付けていたが、なぜかそのまま動かない。
「スーさん何してるの? 俺たちも準備しないと」
「セフラ」
スーさんはこちらを見て、ゆっくり傍に寄ってくる。
「このままランクモンスターと戦いなさい」
スーさんはいま何を言った? 戦いなさいと言われたような気がする。そんな訳がない。せっかく危険を早く察知して、逃げる時間もあるのに戦えなんて言うわけがない。
「ごめん。よく聞き取れなかった。もう一度」
「戦ってランクモンスターを倒しなさい」
「……」
聞き間違いではなかった。であるなら当然の疑問が浮かぶ。
「なんで?」
「セフラの身体能力が高いのは知っていますが、戦闘経験はほとんどないです。それではいつか痛い目に合うかもしれません。そうならないためにここで経験を積んでください」
「いやいやいやいや。やだよそんなの。俺戦いなんて好きじゃないんだからそんな経験必要ないでしょ。それにユランとルリがいるんだよ。どう考えても逃げたほうがいいって」
俺はスーさんの言っていることが理解できなかった。
戦闘経験の必要性もわからないが、特に問題なのがユランとルリだ。2人にとって最低ランクのランクモンスターでも危険すぎる。早くここから離れたほうが絶対にいいはずだ。
スーさんがそんなことを理解できていないとは思えないが。
「2人は私が守ります。安心してください」
わぁ。スーさんかっこいい。
でも俺が戦うんだよね?
「だからって」
「2人とも何してるの? 急いで逃げないと」
ユランが口論しているこちらに声をかけてくる。
「ユラン。ルリ。ランクモンスターはセフラが倒します。なので急いで離れる必要はありませんよ」
「「戦うの!?」」
2人は息ピッタリの驚きを見せた。
俺も同じように驚きたい。
「いや戦うなんて言ってないからね」
「絶対に戦いなさい」
「そんな……。でもユランとルリは怖いよな。だったら早く離れないと」
俺だけではスーさんを説得できそうになかったので、ユランとルリにも言ってもらおう。
2人のほうを見ると、下を向いていた。可哀そうに。何も言えないぐらいに怖いのだろう。やっぱりここから離れたほうがいい。
俺も怖いけどスーさんに反抗する時がきたかもしれない。決心してスーさんのほうを向く。
「「見てみたい!」」
後ろから大きな声が聞こえる。振り返ると、ユランとルリがキラキラと輝く瞳をして俺を見ていた。
もしかして怖いわけではないのか?
「だめだって。危ないんだぞ」
「もう一度セフラ兄ちゃんが戦ってるとこ見てみたいよ」
「私も」
もう一度? あぁ、そういえば3ヶ月前、2人がランクモンスターに襲われてたのを助けたんだっけ……。
いや、そんなこと今はどうでもいい。2人が駄目なら、俺だけでも頑張ってスーさんの説得をしよう。
◇◆◇◆◇◆
俺は川岸で森の奥を見つめ、少し後ろに3人がいる。
なんでこうなっている? 危険を察知した俺の苦労が無駄ではないか。
何度も逃げるように伝えたが、3対1では俺に説得の勝ち目はなかった。最後は俺が折れる形になり、この状況になっている。
もうこうなった以上は諦めて、対処するしかない。
少しすると、小鳥のさえずりが徐々に消えていった。川の音だけが、やけに大きく聞こえる。
そろそろ来る。
「ちょっと怖いね」
「大丈夫だルリ。お、俺がいるから」
ルリとユランもこの違和感を感じ取りつつあるようだ。2人とも僅かに震えている。間違いなく恐怖によるものだろう。
やっぱり逃げたほうがよかったって。
無言の反論を視線でスーさんに送っていると、辺りに大きな音が鳴り響く。何か固いものがぶつかり合っている音だ。
大きな音がどんどんこちらに近づいてくる。
「必ず守りますから安心してください」
スーさんが2人の傍に寄り添い、安心させるように声掛けをしている。
2人はまだ不安そうな表情をしているが、大きく頷いた。
2人のことは俺も気にかけていたが、あっちはスーさんに任せよう。
音が鳴ってきているほうを静かに見つめていると、ようやく音の正体が姿を現した。
大きな棍棒を携えた人型のモンスター。赤い巨躯に屈強そうな筋肉があらわになっている。身長は優に2メートルを超えており、一歩踏み出すたびに地面が揺れる。口から牙とよだれが出ている。
「あれはオーガですね。空腹なのかかなり興奮しています」
スーさんがあのモンスターの名前を教えてくれる。
オーガか。確か人型のモンスターの中でも知能は低く、オーガ自身の肉体が最も危険だったはずだ。クリード博士が昔に読んでくれたモンスター図鑑のDランクに分類されていた記憶がある。
正直、ここまで警戒するほどではなかった。俺なら問題なく倒せる。
オーガはこちらを見ると、雄叫びを上げながら近づいてきた。獲物を見つけて喜んでいるかのようだ。
「ウガォォォォォ!」
その咆哮は耳をつんざくほど大きく、川の水面が震えた。ユランとルリが小さく悲鳴を上げる。この川はそこまで深くない。あの巨体なら簡単に渡ってくるだろう。
だが、そんなことをさせたら後ろの2人がもっと怯えてしまうに違いない。
俺は大きく跳躍して、一気に川を越え、対岸のオーガの目の前へと降り立った。着地の瞬間、地面に小さなクレーターができる。
「ウギャオ!?」
オーガは目の前に降って現れた俺に驚いたのか、一瞬動きを止める。その鋭い目が、驚愕に見開かれた。しかしすぐに、持っていた棍棒を振り上げる。その棍棒は丸太のように太く、無数の傷があった。
「言葉が伝わるとは思ってないんだけどさ、一応伝えとく。帰ってくれない?」
「ウガァ!」
棍棒を振り下ろしてくる。風を切る音が聞こえる。俺はそれを軽く横に避ける。棍棒が地面に激突し、土が跳ね上がった。
「俺さ。クリード博士とスーさんからなるべく対話で済ませるようにって教えられてきたんだよね。戦いも好きじゃないんだ。だから」
「グアァ!」
俺が言葉を伝えきる前に、オーガは棍棒を横に振り払う。俺は後ろに下がるように避ける。棍棒が俺のいた場所を薙ぎ払い、風圧が頬を撫でた。
「だめだ。伝わってないなこれ」
このままではオーガは引き下がらないだろう。引き下げるためには、オーガの戦意を挫くしかない。相手に勝てないと思わせれば、逃げてくれるはずだ。
「グァ……ウギャァァ!」
一呼吸をついたオーガは、再び棍棒を振り下ろしてきた。今度はさっきより速い。
俺は振り下ろされる棍棒に、軽く拳をぶつける。バキッ、という鈍い音が響き、棍棒は折れるように壊れた。
オーガはバランスを崩し、1歩ほど後ろに下がる。
「これでわかったろ。お前じゃ俺に勝てない。だから帰れ」
攻撃を当てられず、武器を破壊されれば、さすがにオーガの戦意も揺らぐはずだ。できたらこれで森に帰ってほしい。
オーガは壊れた棍棒を少し見つめた後、横に投げ捨てた。
これで逃げてくれればいいのだけど。
「グォォ……」
オーガは俺から視線を外し、周りを見渡している。まるで俺に興味を失ったかのようだ。
そして、オーガの視線はスーさんたちがいる場所で止まった。オーガは喜ぶように口を歪ませている。
「お前どこ見てんだ」
俺はオーガの肩に飛び乗って頭を掴み、オーガの瞳を覗き込む。オーガは肩にいる俺を振り払おうと動いた。
俺は攻撃を避けるように飛び降りて、お互いに睨むように相手を見る。
俺は戦闘が好きではない。相手が命尽きる瞬間、なぜかクリード博士のことを思い出させるからだ。でもこいつは今、明らかに獲物として3人を認識していた。最初はオーガに逃げてもらおうと思っていたが、あちらに危害を加えようとするなら話は別だ。
不快感を差し置いてでも、こいつを倒す必要ができた。
相手の顔からは俺を獲物としてではなく、明確な敵として認識しているのがわかる。
オーガは片手を地面につけると、地面の中から木の先っぽが出てきて、そこから新しい棍棒を引きずり出した。
これがオーガの魔法だろうか。あの棍棒は魔法で作られた物だったようだ。
オーガは棍棒を振り上げて突進してくる。
「懲りないやつだな」
相手の行動を見て少し呆れる。
さっき俺に棍棒を壊されたのに、また同じ攻撃を繰り返そうとしているからだ。
最初に棍棒を壊したとき、オーガの体を考慮して武器破壊だけを考えた威力にしていたが、もう遠慮する気はない。
振り下ろされる棍棒。
俺はジッとオーガを見つめ、棍棒が頭に当たる寸前、もう一度拳を振り上げる。先ほどよりも早く、強く。
バキィン!
大きな音が鳴り響き、棍棒は粉々に砕け散る。木片が四方八方に飛び散り、川の水面に落ちた。その反動で、オーガも大きく後ろに仰け反る。
その隙を逃さず、俺はオーガの顔に近づいた。
「あんまり、2人を怖がらせるんじゃねぇ!」
棍棒を砕いた拳を、今度はオーガの顔面に叩き込む。ゴキリ、という鈍い音と共に、オーガの首が不自然な角度に曲がる。
オーガは地面に倒れ込み、巨体が地面にぶつかると土煙が舞い上がる。以降はピクリとも動かなくなった。
「ふぅ。もう大丈夫だな」
周辺から音が戻り始める。まるで何事もなかったかのように、先ほどまでの平穏な環境が戻ってきた。
俺は川を飛び越えて、3人の元へと戻る。
「セフラ兄ちゃん大丈夫?」
「あぁ、見ての通り、傷1つないぞ」
俺は余裕の笑みを浮かべながらピースをする。
そもそもあの程度の攻撃なら当たっても傷はつけられなかっただろうけど。
「セフラ。どうして最初にオーガの攻撃を回避していたのですか。あなたならすぐに終わらせられたでしょう」
スーさんが注意してくる。
「えぇ? 俺はクリード博士やスーさんの教えを守っただけだって。なるべく対話で済ませるようにってやつ」
「それは対話ができる相手に限ります。オーガ相手ではできるわけないでしょう」
「そうなの?」
そんな場合の話を聞いたことがなかった。もう少し早く教えてほしかったよ。
ふと、ルリのほうを見ると、腰を地面につけて、涙目でこちらを見ていた。体が小刻みに震えている。
「腰が抜けちゃった……うぐ……怖かったよぉぉ」
ルリの目から、大粒の涙が溢れ出す。
「えぇ!? なんで泣くんだよ!? 泣くな、もう大丈夫だから。な」
俺は慌ててルリに近づき、頭を撫でるが、それでもルリの涙が止まる様子はなかった。




