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セフラの困りごと  作者: マスラ


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2話

「セフラ兄ちゃーん! スーちゃーん!」


「ん?」


 館の外から元気な声が聞こえてくる。

 思い当たる顔を思い浮かべながら、寝室の窓を開くと、門の前に2人の小さな子どもが立っていた。金髪の男の子のユラン、黒髪の女の子のルリだ。

 ユランは茶色い布のシャツと短いズボン、ルリは薄緑色のワンピースという、子どもらしい質素な服装をしていた。


「あ、いた。今から一緒に川釣りいこ!」


 ユランが片手を振りながら叫ぶ。


 川釣り。要するに遊びの誘いだ。

 ユランの笑顔とは対照的に、俺は何とも言えない表情をしてしまう。

 あの2人は時折、俺とスーさんを遊びに誘ってくるのだが、今まで一度も2人の遊びの誘いに乗ったことがない。

 それなのにどうして2人はまた来たのだろうか。


「ユラン。まずはセフラお兄ちゃんとスーちゃんの予定を聞かないとダメだよ」


 ルリが呆れたような表情を浮かべている。


「大丈夫だって。セフラ兄ちゃんとスーちゃんいつも館にいるもん」


 ユランの奴。俺のことをいつでも遊べる暇人だと思っていそうだ。別に間違いではないが、そう認識されるのはちょっと気に入らない。

 ユランと比べてルリはしっかり者だ。見ていて微笑ましい。なるべくルリには優しくしてあげたくなる。

 だから心苦しくなる。ユランについては全く気にならないが、ルリの遊びの誘いを断ろうとしているから。


「悪いけど、俺は行かないぞ」


 川釣りなんてやったことはないが、想像はできる。釣り竿を持ってじっとしている作業のはずだ。悪いがまったく楽しそうではない。


「何かやることでもあるの?」


 ユランが質問してくる。

 館で自堕落に生きている俺にやることなんてあるわけがない。

 雑な理由として体調不良で断ろうとしたが、後ろのスーさんから小言を言われそうだ。ここは正直に伝えよう。


「ないけど面倒」


「えー。もう4人分の釣り竿持ってきちゃったよ」


 俺とスーさんの釣り竿を用意しているらしい。釣り竿を持ってないから気持ちはありがたいが、行かない俺には必要ないものだ。


「それは悪かったな。でも俺の予定を聞かずに用意したユランも悪いからお互い様ということで」


「セフラ兄ちゃんのケチ!」


「なんだと!?」


 ユランの言葉に思わず窓から体を少し出す。

 遊びの誘いを断ったくらいで、そこまで言う必要があるか? まあ確かに2人が館へ来るようになってから、遊びの誘いを全部断ったのは悪いとは思ってるけど、ケチ呼ばわりされるとはおかしな話だ。

 しかし俺はこんなことで乱される人間ではない。深呼吸をして、冷静に考える。

 そしてとある名案を閃いた。ここはスーさんを生贄に捧げよう。


「わかったわかった。なら暇なスーさんを連れて行ってくれ。3人で遊んで来い」


 口うるさいスーさんを外に出すことで、俺は寝室でのんびり過ごすことができ、3人は楽しく川釣りに行ける完璧な作戦。自分の賢さに思わず感動してしまう。

 俺が言葉を発すると一瞬だけ寝室の空気が寒くなったように感じた。

 気のせいか?


「セフラ兄ちゃんも遊ぼうよ」


「私もセフラお兄ちゃんと遊びたいよ。一緒に行かない?」


 ユランは不満そうに、ルリは少し悲しそうに見つめている。

 なんだか悪いことをしている気がしてきた。


「あぁもぅ……とにかく俺は行かないから」


 俺は逃げるように振り返ると、スーさんがこちらを見つめていた。青い体がわずかに揺れている。

 不思議だ。スーさんが怒っているように見える。


「スーさんどうしたの?」


 俺の問いに答えるかのように、スーさんの体から触手が伸び始める。ゆっくりと先端が大きくなっていく。

 どうしてそんな形を模しているのだろうか。

 疑問を浮かべていると、触手は勢いよく俺のほうに迫ってきた。


「暇なら遊んできなさい!」


「ぐぇ!」


 触手に押し込まれるように、俺は窓から外へと吹き飛ばされてしまう。体が宙に浮き、窓枠が視界から消え、美しい青い空が視界に広がった。

 こんなに天気がいいなら、今日は外出日和かもしれない――なんて考える余裕もなく、次の瞬間、勢いよく地面に叩きつけられた。

 痛みはなかったが、背中に鈍い衝撃が走る。


 俺の体は、ちょうどユランとルリの目の前に落ちた。


「セフラ兄ちゃんが降ってきた!」


「セフラお兄ちゃん、大丈夫?」


 ユランは目を輝かせ、ルリは心配そうに俺を見下ろしている。

 俺は身を起こしながら、館のほうを見た。スーさんがプルプルと体を揺らしながら近づいてくる。のんびりとした様子で、まるで何事もなかったかのようだ。


「セフラなら大丈夫です。一緒に行きましょうか」


 無理やり外に追いやられてしまった。これは横暴だ。俺の意思が全く尊重されていないではないか。抗議しようと口を開きかけたが、言葉を引っ込める。抗議したところでスーさんは聞く耳を持たないだろうからだ。


「よっしゃー! 早く行こうぜ。今日の晩御飯をたくさん釣ってやる!」


「私も頑張る!」


 ユランとルリが俺の手を引っ張ってくる。スーさんを見ると満足そうに体を揺らしていた。

 もう逃げ場はないようだ。諦めるように俺は立ち上がる。窓から押し出された時点で、この勝負は決まっていたのだ。

 ため息をつきながら、俺は二人に引っ張られて歩きだす。








 ◇◆◇◆◇◆








「ぐぬぬ……」


 町を囲む城壁をくぐり、近くの川に到着してから1時間は経過しただろう。

 辿り着いた川は、俺が想像していたよりも綺麗だった。透き通る水が穏やかに流れている。反対の岸には森が生い茂っており、木漏れ日が水面をキラキラと反射させていた。小鳥のさえずりが心地よく、風が頬を撫でていく。非常に気持ちのいい環境だ。

 なのにどうして俺はこんなにイラついているのだろうか。


「やったー。これで5匹目だ」


 ユランは楽しそうに釣り竿を引き上げる。その先には、手のひらサイズの魚が勢いよく跳ねていた。銀色の鱗が光で輝いている。

 今のところ、4人の中でユランが一番多く釣っており、5匹と絶好調だ。

 俺の釣り竿は、なんの反応もない。


「ユランすごいね。私はまだ3匹しか釣ってないや」


 ルリは少し悔しそうにユランを見ているが、数分前に魚を釣り上げていた。魚を釣り上げて小さく喜んでいた姿を覚えている。

 俺の釣り竿は、依然として何の反応もない。


「2人とも上手ですね。セフラと私ではとても敵いません」


 そう言うスーさんは、開幕早々に一番大きな魚を釣り上げていた。俺の両腕でぴったり収まるサイズの大物だ。その時のユランとルリの驚きようと言ったら、目を丸くして声も出ないほどだった。

 俺の釣り竿には、いまだに何の反応もない。0匹だ。

 いつかは釣れるだろうと頑張ってみたが、そろそろ我慢の限界である。周りの楽しそうな声が、俺の心を蝕んでいく。釣れる気配は全くなく、場所を変えてみても、何も変わらなかった。まるで魚たちが俺を避けているかのようだ。

 同じ餌、同じ釣り竿を使っているのに、どうしてここまで差が出るのだろう。


 川を見るといくつもの魚影が見える。魚は絶対いるのにどうしてなんだ。


 諦めずに釣竿を握り、魚影をじっと見ていると、一匹の魚影がこちら近づいてきた。


 きた。俺にもチャンスが。


 思わず体に力が入り、呼吸が浅くなる。

 魚影はどんどん近づいて……。



 俺が垂らす浮きを通り過ぎる。


「ん?」


 魚影はそのまま近づいて、俺のすぐ近くまで接近する。そして。

 魚影から勢いよく水が飛び出して、顔面にぶつかった。


「あはは。セフラ兄ちゃん水魔法の水鉄砲かけられてる。おもしろーい」


「ふふ。この辺りの魚が人に水鉄砲するなんて珍しいね」


 2人は楽しそうにこちらを見ており、スーさんは何も言わず小刻みに震えていた。絶対に笑われている。

 どうやら俺は魚に水魔法を当てられたようだ。


 水が滴り落ちて冷たいのに、顔が熱くなる。


 恥ずかしい気持ちと同時に、とある手段を思い浮かぶ。

 俺自身が川に飛び込んで素手で直接魚を捕るというものだ。俺の身体能力なら釣り竿で釣るよりもはるかに自信がある。

 ただ懸念点が1つあり、もしかしたら周りの魚が逃げてしまうかもしれない。そうなったら他の3人の釣りに影響が出るはずだ。それは良くないことだとわかっている。わかっているが。


「これで6匹目だ」


「私も釣れた。やった」


「私もです」


 周りがどんどんと釣れている状況が判断を鈍らせる。

 俺は釣り竿を置き、川をじっと見つめる。澄んだ川から魚が多そうな場所を探す。そして、奥のほうにいくつもの魚影が見えた。

 あそこだ。あそこに飛び込めば。


「セフラ」


 スーさんの声が聞こえる。先ほどまで楽しそうな声とは違う、妙に冷たい声色だった。

 ゆっくりとスーさんのほうを見る。


「2人に迷惑を掛けたら……わかってますね」


 怖い。目が全然笑ってない。黒い点のような瞳が、じっとこちらを見つめている。なぜだかわからないが、俺の行動が見透かされているようだ。


「ぐぅ……やめた! もうやらない!」


 俺は立っていた岩の上に寝転ぶ。ゴツゴツとした感触が背中に当たる。少し違和感はあるが、それすらも気にならないぐらい悔しい。


「えー、セフラ兄ちゃんまだ一匹も釣ってないのに辞めちゃうの? もう少しやったほうがいいよ」


「セフラお兄ちゃん頑張って。あとちょっとで絶対に釣れると思う」


「そうですよセフラ。せめて今日の晩御飯分は釣ってください」


 3人が釣りを促してくるが、もう俺の気持ちは変わらない。


「俺には釣りの才能がないんだ。だからもう終わり。寝る」


「えー釣った数勝負しようと思ってたのに」


 ユランの残念そうな声が聞こえるが、0匹対6匹では勝負にならない。というか勝負するなら先に言え。


「きっと疲れてるんだよ。来る途中にも体が重いって言ってたもん。休ませてあげよう」


 ルリはいい子だ。なんだかんだで俺のことを気遣ってくれる。ユランのような遠慮のなさやスーさんのような厳しさがなくて優しい。その優しさが、今は少し胸に沁みる。


「仕方ありません。3人で続けましょうか」


 スーさんはそう言うと、3人は再び釣りを続ける。


 俺は岩上からじっと水面を見つめていた。

 そもそも俺には釣りが性に合わなかったように感じる。釣れなければ、引き上げてもう一度投げ込み、じっと待つ。はっきり言って苦痛だった。少し体を動かしたくなるほどだ。




 空を見上げると、ふわふわと浮かぶ白い雲がゆっくりと流れていた。白と青のきれいな空。こんな空を、今までちゃんと見たことがあっただろうか。

 釣りから解放されてからは少しずつ穏やかな気分になった。川の流れる音、草木が風に揺れる音、小鳥のさえずりが心地よかったからだ。

 魚が釣れなかったことは悔しいが、こうして外の空気を吸うのも悪くないな。ユランやルリ、スーさんには感謝してもいいかもしれない。なんだかんだで来てよかった。心が少しだけ軽くなった気がする。


 目を閉じ、この環境を楽しむことにした。

 絶えず変わらない環境音。遠くで聞こえる3人の笑い声。その心地よさを楽しんでいると、ふと、わずかな違和感を感じた。

 目を開き、体を起こす。俺たちがいる川の反対方面に茂っている森を見渡す。

 空気が変わった。ここより少し離れた森の奥だが、明らかに静けさが強まった。何かから隠れるように。


 肌がひりついてくる。この感じを俺は知っている。間違いない。ランクモンスターだ。

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