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第五話 静かなる準備

 午後の光が斜めに差し込む教室で、俺たちはいつものように雑談していた。


「クロガネ、昨日ほんとにちゃんと寝れたか?」


 リオがプリントを配りながら振り返る。


「うん。昨日は早めに寝たから」


「ならよし! 今日さ、実技はハウンド応用編と――序列戦上位模擬の観戦だってよ」


「ええ〜、またあの見せつけタイム?」


 カイが椅子の背にもたれかかって文句を言う。


「上位の戦いを見るのも勉強になるわよ」


 前の席のエリナがさらっと言った。


 ミルナがプリントをめくりながら、だるそうにぼやく。


「なるけどさ〜。あの人たち、チートじゃん。真似できないんだよね」


「ミルナはまず基礎から」


「それは否定しない!」


 セナが笑って、こっちを見る。


「でも昨日の連携、すごく良かったよね。クロガネくん、誘導上手かった」


「そうそう。“前に出るタイプじゃない”と思ってたのに、普通に前に立ってた」


 リオがニヤニヤしながら言う。


「普段は端っこにいるのに、戦うときは動けるんだなって」


「まあ……動かないと当たるからね」


 グレンも、ぼそっと付け足した。


「昨日……助かった。俺の魔力弾……クロガネが斜めにずらしたハウンドに当たった」


「それならよかった」


「……うん」


 グレンが小さく頷く。


(“普通の一年の仲間たち”って空気、だいぶ板についてきたな)


 この空気は、いま壊す気はない。


 


「はい、実技移動」


 ダモンの声で、教室から訓練場へ移動する。


 訓練場の半分は、いつも通り一年用のエリア。

 もう半分は観客席付きの“見せ場用”フィールドに変えられていた。


「今日のメニューは二本立てだ」


 ダモンが指を二本立てる。


「前半は一年の班ごとの対ハウンド応用戦。

 後半は――上位序列の模範模擬戦だ。二〜四年のトップクラスを呼んである」


 ざわっと歓声とどよめきが広がる。


「序列三桁前半とか、ほぼ別世界だよな……」


「魔力量、桁が違うって聞いた」


「普通に城の騎士団クラスって噂もあるし」


 あちこちからそんな声が上がる。


「見るだけでも勉強になる。目を皿のようにして見とけ。

 ……まあ、お前ら一年はまず自分の番を片付けてからだ」


 軽い笑いが起きて、班ごとに分かれていく。


 


 いつもの六人で、簡単な作戦会議を始める。


「今日は“ダークハウンド+雑魚ハウンド混成”だってさ」


 リオが配られた紙を見ながら言う。


「突進止める役は、昨日と同じ?」


「うん。前衛はカイとグレン、前後をリオがフォロー。

 後ろはセナとミルナで、僕は誘導壁でいい?」


「いいと思う」


 セナが頷く。


「ダークハウンドの突進が一番こわいから、最初にクロガネくんが軌道をずらして。

 その隙にカイくんが足を止める」


「グレンは暴発させないことだけ意識してて」


 ミルナがさらっと言う。


「威力は足りてるんだから、外したらもったいない」


「……気をつける」


「私は鈍足と視界妨害系の薬まくから、セナは回復とバフでいい?」


「うん、任せて」


「じゃ、方針は昨日の発展版ってことで」


(ほんと“よくできたパーティー”って感じだな)


 表面だけ見れば、だけど。


 


 俺たちの番が来た。


 魔法陣が光り、黒い毛並みのダークハウンド二体と、通常のハウンド二体が現れる。


「来るぞ!」


 カイが一歩前に出る。


 同時に、左側のダークハウンドが地を蹴った。

 突進の軌道を見極め、一歩だけ前へ出て、砂を蹴り上げる。


「こっち」


 肩で刹那の接触。

 真正面から受けず、ほんの少し押し流す。


 牙の方向がずれ、カイの方へ誘導される。


「おっしゃ!」


 木剣が犬の頭側面を叩き、足が止まる。

 その瞬間、グレンの魔力弾が胴を撃ち抜いた。


「ナイス」


「……今のは、狙えた」


 グレンの声には、少しだけ自信が混じっていた。


 残り三体。

 ハウンド二体は、リオの牽制とミルナの鈍足薬で動きを鈍らせてから殴り、

 もう一体のダークハウンドは、セナの防御魔法で突進を鈍らせてからカイが受け止める。


 俺は常に一歩前、一歩横に位置を変え、

 正面衝突にならないよう、歩幅だけで軌道を誘導していく。


(人間の突進も、だいたいこんな感じだったな)


 淡々とそう思いながら。


 


 戦闘終了の合図。


 ダモンがこちらをちらりと見た。


「まだ粗いが、役割分担と誘導は悪くない。

 “誰が狙われると一番困るか”を理解し始めた班は、伸びる」


 それだけ言って、次の班の名前を呼んだ。


「やったな」


 リオが笑って肩を叩いてくる。


「クロガネ、さっきのちょこちょこ動くの、マジで助かった」


「俺もだ。突進がちょうどいい角度で来る」


 カイまで言う。


「……コントロールしやすい」


 グレンもぽつりと言った。


「誘導、やっぱ向いてるんじゃない?」


 セナが少しだけ首をかしげる。


「うん。危ない動きは分かるからね」


(自分が殺す側だったとき、最初に潰してたポジションだしな)


 苦笑いを浮かべて、ごまかしておいた。


 


 一年の訓練がひと段落すると、今度は観客席側に案内された。


「これから、序列上位の模擬戦を見せる。

 今後、実習先でお前らの前を歩く“先輩たち”だ」


 ダモンがそう言うと、見せ場用フィールドに二つの影が現れた。


「……あれ、二年の序列三位の人じゃね?」


「向こうは三年の二十何位とか……いや、こわ」


 周囲がざわめく。


 黒髪の青年と、槍を持った長身の先輩。

 どちらも、ただ立っているだけで空気が違う。


 開始の合図と共に、空気が弾けた。


「速っ――」


 リオが思わず声を漏らす。


 一瞬で間合いが詰まり、光の矢と炎の槍がぶつかる。

 魔力の圧がこちらまで刺さるように伝わってきた。


「これが……三桁前半か」


 エリナが小さく息を呑む。


 グレンがぼそっと言う。


「出力……桁違い」


「すごいけどさ」


 ミルナが腕を組む。


「……ああやって、ちゃんと“真っ当に強い”人が上にいるのにさ。

 帝国北部で行方不明者出てるっていうのが、逆に不気味だよね」


「ギルドが動いてるなら、そのうちなんとかなるでしょ」


 セナはそう言うけど、視線は少しだけ不安そうだった。


 目の前では、眩しいくらいまっとうな強さがぶつかっている。


 その少し離れた北の森で、

 俺のダンジョンが、静かに口を開けている。


(この落差、いいな)


 


 放課後。


 エリナのミニ補講に向かうリオたちと別れ、俺は寮へ戻るふりをして、

途中の階段を降りて裏口へ抜けた。


 夜の森は、また少しだけ雰囲気を変えている。


 霧が濃く、空気が重い。

 人間の世界とダンジョンの境界が、前より薄くなっているのが分かった。


 裂け目に触れる。世界が裏返る。


 


 腐葉土の匂い。


 コボルトの足音と、湿った風の音。


「マスター」


 サキュバスが木陰から姿を見せる。


「今夜は、どんな気分ですか?」


「そうだな……“仕事モード”かな」


「ふふ。それはいい夜になりそうです」


「進捗は?」


「第一層と第二層で、自然発生した小型魔物が少しずつ増えています。

 スライム系と、小鳥型の魔物が数種。コボルトたちがつまみ食いしてます」


「勝手に増えてくれるのは好きだよ」


 サキュバスが続ける。


「それから――“要求される魔力量”の問題で、第三層の完全な形成は、まだ先になりそうです」


「やっぱ足りないか」


「はい。三層目以降は、“人間一人あたり”の価値も落ちますし……

 自然発生と、時間経過で少しずつ溜めていく必要があります」


(つまり、“今殺せばすぐ層になる”ボーナスタイムは終わり、か)


「悪くないね。ゆっくり育てるほうが、手間の分だけ愛着も湧く」


「第二層の結晶は、少しずつ“草原の種”を作り始めているようです」


「種?」


「はい。草原に似た魔力パターン。

 まだ地形と言えるほどではありませんが、放っておけば“地形の核”になります」


 サキュバスの言う方角を見ると、

 薄暗い空間の奥で、緑がかった霧が小さく渦を巻いていた。


「……あれが、草原のベースか」


「ええ。そこに魔物や罠を配置するには、まだ魔力が足りません。

 とりあえず、今いる魔物たちの“死”を、優先的にそこへ流すようコアに指示しました」


「いい判断だ」


 


「それから――」


 サキュバスが少しだけ表情を変える。


「ここ数日、“侵入者”が少し増えています」


「ふだんより?」


「はい。最近の挑戦者のうち、生き残りがいたのでしょう。“ここで稼げる”と吹聴したのかもしれません」


 少し笑ってしまった。


(なるほど。ちゃんと“匂い”は外まで届いてるわけだ)


「今日も、一組入ってきています。帝国の正式パーティではなく……低ランクの冒険者の混成、という印象です」


「戦えそう?」


「少しは」


「じゃあ――」


 俺は軽く息を吐いた。


「今日は、“全員殺し”はやめておこうか」


 サキュバスが目を瞬かせる。


「……生かすのですか?」


「数人はね。全滅させると、行方不明者の数と場所の相関がクッキリ出ちゃうだろ」


 ギルドも帝国も、バカじゃない。


「“負傷して逃げ帰った冒険者”とか、“やばいダンジョンだった”って語るやつがいる方が、いい匂いを広めてくれる」


「……なんて言えばいいのでしょうね」


 サキュバスは、少し困ったように笑う。


「優しさではないのは分かります」


「うん。あれはね、“宣伝”だよ」


 


 少し進んだところで、侵入者の気配が濃くなった。


 たいまつの灯。金属のきしみ。

 怯えではなく、油断と欲が混じった匂い。


「なぁ、本当にここ大丈夫なんだろうな」


「見た目ただの森じゃん。ちょっと魔力濃いけどよ」


「前に来た奴が言ってたんだって。“奥まで行かなきゃ平気”ってさ」


 ――奥が本体なんだけどなあ。


 コボルトの偵察組が、木の影からそっと覗いている。


「マスター、どうします?」


「そうだな……」


 少し考える。


「とりあえず、“第二層の手前”まで案内してやろうか。

 死なない程度に痛い目を見せて、魔力だけ少しもらって返す」


「了解しました」


 サキュバスが指先を振ると、

 コボルトたちが音もなく散っていく。


 


 しばらくして――


「う、うわっ!? 足、なんか引っかかった!」


「落ちるな! 踏む場所見ろ!」


 浅い落とし穴と、足絡み蔦。

 致命傷というより、転ばせるための罠だけを小刻みに発動させる。


 頭から落ちて歯を折ったり、

 腕をひねったり、

 装備を木に引っ掛けたり。


 死にはしない。

でも二度と来たくなくなる程度には痛い。


「や、やばくねここ……!?

 未登録って聞いてたけど、これもう立派なダンジョンだろ!」


「撤退だ撤退! 怪我増えたら割に合わねえ!」


 そう言いながら、実際は多少の魔力と血を置いていってくれる。


 サキュバスが静かに報告する。


「魔力の採取、完了しました。

 軽傷が多いので、戻れば生き延びるでしょう」


「いいね」


「……人間を生かして返すの、なんだか妙な感じがします」


「そう?」


「はい。

 あなたのやり方を見ていると、“終わりまで見届ける”ほうが好きなのかと思っていましたから」


「それはそれ、これはこれだよ」


 俺は肩をすくめる。


「“今すぐ殺したい獲物”と、“熟すまで寝かせておきたい獲物”がいるだけ」


 サキュバスが、少しだけ目を伏せて笑った。


「……なるほど。

 今日のあなたは、いつにも増して“冷たい”ですね」


「褒めてる?」


「ええ。とても」


 


 さっき魔力を落として行った連中の残り香が、

 さきほど見た“草原の種”の方へと流れていく。


 緑がかった霧が、さっきより濃くなっていた。


「第三層は、“何もない広さ”をベースにする」


 俺は種の前で呟く。


「草と風と、隠れた牙だけ。

 ここでは、まだ本格的に殺さなくていい」


「追い立てるだけ、ですか?」


「そう。第三層は“追われる恐怖”の準備運動。

 四層と五層で本番やるからさ」


 サキュバスが口元に小さな笑みを浮かべる。


「あなたの頭の中を少し覗くだけで……

 この巣がどれだけ残酷になるか想像できて、ぞくっとします」


「それは良かった」


「怖い、という意味ではありません」


 彼女は結晶の欠片にそっと触れる。


「……誇らしい、という意味です」


 その言葉に、コアの脈動が少し強くなった気がした。


『魔力収支、安定。

 第三層の核形成、進行率――二十パーセント』


「焦る必要はないな」


「はい。

 学園側も、まだ“地図に載っていない穴”を本気で探してはいません」


「行方不明者は増えてるけどね」


「ええ。だからこそ、“ほどほど”に返すのが大事なのでしょう?」


「そういうこと」


 昼間見た掲示板の紙切れが、頭に浮かぶ。


『北域街道付近で男三名行方不明 ギルド調査中』


(さっきの連中が帰れば、ここも一つ、“噂話”として広がる)


 未登録ダンジョン。

 危険だが、うまくやれば稼げるかもしれない場所。


(いい宣伝だ)


 俺は、緑の霧が渦巻く第三層の種を眺めながら、ゆっくり息を吐いた。

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