第四話 班分け
朝の食堂は、パンと甘いスープの匂い、それから眠そうな学生たちの声であふれていた。
「クロガネ、おはよー。肩、大丈夫?」
トレイを片手に、リオが当然のように向かいに座る。
「だいぶ平気。昨日よりマシかな」
「だろ? 若いから回復早ぇんだよ」
「お前が言うなよ。原因お前ら側だぞ」
カイが後ろからトレイをドンと置いた。
「クロガネ、本当に悪かったな。次からはもうちょい力抜く」
「うん。まあ授業だしね。そこまで気にしてないよ」
(真剣じゃなかっただけマシか。前世なら、その一撃で何人か死んでたな)
パンをちぎっていると、横から柔らかい声がした。
「クロガネくん、隣空いてる?」
「あ、セナ。座っていいよ」
「ありがとう」
ふわっとした雰囲気の黒髪の少女が、静かに腰を下ろす。
同じ実技グループで、しゃべってみると意外と話しやすいタイプだ。
「昨日の魔力制御の授業……正直、ついていくのが大変だったよね」
「うん。なんか急に応用入った感じした」
「だよね? あれ一年にやらせる内容じゃないって」
そこへ、少し早口気味の声が飛んできた。
「それな〜。こっちは錬金のプリントも山積みなのにさ。脳みそ二個ほしい」
髪をひとつに結んだミルナが、山盛りパンのトレイを持ってやってくる。
同じ一年Dの錬金オタク。口は悪いが、根は面倒見がいい。
「ミルナ、朝からパン食べすぎ」
「大丈夫大丈夫。魔力消費で全部燃えるから。――あ、クロガネくん、おはよ。昨日、板書写すの手伝ってくれてありがとね」
「ううん。僕もまとめたかったし」
「ほんと? じゃあ今度、錬金の試験前にレポート写させてあげる」
「それ、ちょっと不安なやつじゃない?」
隣で、がっしりした体格の少年がスープをすすりながらぼそっと言った。
「……ミルナのレポート、字はきれい。内容はギリギリ」
「グレンうるさい。あんたはまず、魔力の暴発止めなさい」
グレン。魔力量だけは一年でも上位らしいが、制御が壊滅的な男だ。
感情が動くと魔力も一緒に暴れる、分かりやすいタイプ。
「クロガネくんはさ、魔力安定してるよね」
セナがこちらを見た。
「昨日の実技、見てて思った。暴発とかしない感じ」
「慎重だからじゃない? 威力はそんなでもないし」
(本気出してないだけだけどな)
リオがスープを飲み干して、手を打った。
「よし、今日の小テスト終わったら、“実習班”の話し合いだな!」
「小テスト?」
「昨日ダモン先生言ってただろ、“初級魔物の特性が出るぞ”って」
「……聞き流してた」
「お前なぁ」
カイが苦笑して、肩を叩いてきた。
(まあ、小テストぐらいは仮面張りながらでも取れるだろ)
そう思いながら、パンを口に運んだ。
午前中の授業が一通り終わり、教室にダモンが入ってくる。
黒板の前で腕を組み、俺たち一年Dを見渡した。
「さて。小テストの採点は後回しにする。まずは“実習班”だ」
教室が一気にざわつく。
「一年は四〜六人一組で動く。構成は――前衛、後衛、支援、補助。バランスを考えろ」
そう言って、ダモンは簡単な例を黒板に書く。
「魔法だけ六人集めても、前に出るやつがいなけりゃ意味がない。逆もそうだ。脳筋だけ集めても、そのうち誰か死ぬ」
「う……」
カイが小さく顔をしかめた。多分自覚はある。
「二年の途中までは、基本“学園内ダンジョン”を使った実習だ。いずれ外にも出る。それまでに、“自分がどの位置で動くと一番マシか”考えておけ」
(なるほど。最初の班決めはけっこう重要だな)
「リオ」
俺が声をかけると、リオが椅子の上で半分振り返る。
「一緒の班、いい?」
「当たり前じゃん。クロガネは俺の横の席だし、実習でも固定だろ」
そこへカイが当然の顔で乗ってきた。
「前衛は俺でいいか? 殴る役は向いてる」
「カイは確定でしょ。盾兼前衛アタッカー」
ミルナがペンをくるくる回しながら、その横に椅子をずらす。
「じゃあ私、補助とアイテム処理。回復薬とか爆薬とか、錬金方面全般」
「物騒な言い方するな」
「言い方じゃなくて事実なのよ」
セナがノートを閉じて笑った。
「私は支援兼後衛でいいかな。回復とバフ、簡単な防御魔法くらいなら」
「十分すぎるだろ……」
「グレンは?」
リオが後ろを向く。
グレンは少し考えてから、短く答えた。
「魔法前衛。……出力は出す。細かい制御は……頑張る」
「お前、それあんま前出しちゃダメなやつだろ」
「……うるさい」
そんなやり取りを、前の席からエリナがちらりと振り返って見ていた。
同じクラスの優等生で、いつも冷静に周りを観察しているタイプだ。
「その六人で組むのね?」
「うん。前衛カイ&グレン、後衛支援セナ&ミルナ、リオが前後どっちも、僕は――」
「クロガネは“穴埋め”ね」
ミルナが先に言った。
「前に出すぎると危ないけど、避けるの上手いし、動き見てるから、誘導とかカバーとかやらせたら絶対向いてる」
「……評価高いのか低いのか分からないな、それ」
「安心しなさい。ちゃんと褒めてる」
ダモンが班のメモ用紙を回しながら言った。
「“役割宣言”だけしとけよ。実際にその通り動けるかどうかは、実習で評価する」
特に問題もなく、六人はそのまま班として受理された。
(悪くない。表向きの“仲間”としては、扱いやすい構成だ)
午後の実技は、仮想魔物との模擬戦だった。
「今日は、“初級ハウンド”を使ったチーム戦だ」
訓練場に描かれた魔法陣が光り、狼型の幻影が数体、砂地の上に出現する。
実体はないが、衝撃やバランスの判定は現実と同じらしい。
「武器は訓練用木剣と模擬杖。魔法の威力は自動調整される。痛いが死にはしない。――たぶん」
「先生、最後の“たぶん”が怖いんですけど」
ミルナが小声で文句を言う。
六人で輪になり、簡単に作戦会議を始めた。
「とりあえず、前衛は俺とグレンだよな」
カイが木剣を肩に担ぐ。
「突っ込んで暴れる役は任せろ」
「グレンはカバーしながら中距離から撃つ感じかな?」
「……近づきすぎると、当たるまでに暴発する」
「それ絶対距離取った方がいいやつじゃん」
リオが苦笑して、指を折っていく。
「セナは回復と防御、俺は前後どっちも。ミルナはアイテムとデバフ兼、後ろから全体見る係」
「えっ、私も見る側?」
「だって一番俯瞰で見てるじゃん、いつも。口悪いけど判断はまともだし」
「褒めてるのかディスってるのかはっきりしなさいよ」
「クロガネは――」
「“避ける壁”だな」
今度はミルナが言った。
「突進をまともに受けるんじゃなくて、ちょっとずらす役。あんた、そういうの得意そう」
(タゲ誘導役、か)
「それなら……できると思う」
「じゃ、それで。クロガネは“ずらす係”」
「言い方」
俺たちの班の番が来た。
「一年D組、リオ班。前へ」
訓練場の中央に出ると、初級ハウンドが四体、唸り声を上げてこちらを睨んでいた。
魔力で作られた幻とはいえ、動きは本物と同じらしい。
「行くぞ!」
カイが一歩前に出た瞬間――
「待って」
ミルナが短く制した。
「最初から突っ込みすぎないで。クロガネが前で動きずらしてから」
「お、おう」
ハウンドの一体が、低く身を沈めて突進してくる。
牙をむき、砂を蹴り上げながら一直線に――
「こっちだよ」
俺は一歩横へ出て、足元の砂をわざと蹴り上げた。
視界をほんの一瞬だけ散らし、肩で軽く触れるように体を当てる。
ハウンドの突進軌道が少しずれ、そのままカイの正面へ。
「ナイス!」
カイが木剣で側頭部を殴りつける。
衝撃で幻の体が一瞬崩れ、すぐ再構成されるが――足は止まった。
「そこ!」
グレンの短い詠唱とともに、圧縮された魔力弾がハウンドの胴にぶつかった。
さすがに威力だけは高い。
「グレン、今の良かった」
「……暴発しなかった」
本人も、少しだけ嬉しそうだ。
二体目が、今度はセナとミルナのいる後衛側に回り込もうとする。
「そっちは通さない」
リオがすかさず踏み込み、ハウンドの鼻先を木剣で叩く。
「ミルナ、今!」
「はいはい、“鈍足薬”――散布!」
小瓶が地面で割れ、紫の霧が足元に広がる。
ハウンドの動きが目に見えて鈍くなった。
「セナ、クロガネの補助もお願い」
「了解。クロガネくん、少し前出るよ」
「うん」
背中に、ふわっとした温かさが流れ込む。
セナの簡易強化魔法だ。
「それで、“倒しやすいところ”にだけ誘導してくれればいいから」
「了解」
三体目と四体目が同時に動き出す。
俺はわざと少し前に立ち、突進する角度を見極める。
(この速度、この軌道なら――)
肩をすべらせるように少しだけ位置を変え、腕で軽く力を加える。
真正面からは受けない。
ただ、ほんの少し“ズラす”だけ。
ハウンド同士が、狙いの場所で交差する。
「今!」
リオの声と同時に、前衛と後衛の攻撃が一斉に重なった。
木剣、魔力弾、錬金の火花、支援魔法の補正。
幻のハウンドは、砂煙を散らして崩れ落ちた。
ダモンが腕を組んでこちらを見ていた。
「――よし。まだ荒いが、悪くはない」
短く、それだけ言った。
カイが肩で息をしながら笑う。
「ふぅ……なかなか良い連携だったんじゃね?」
「グレン、さっきのタイミングよかったぞ」
リオが親指を立てると、グレンは少しだけ顔をそむけた。
「……たまたま」
「たまたまでも、成功は成功です」
セナが柔らかく言い、ミルナが続ける。
「クロガネくんの誘導、かなり助かったよ。真正面から受けたくないもん、あの突進」
「そうそう。“被害分散”って感じだったわ」
ミルナがぼやくように、でもどこか満足そうにまとめた。
(“うっかり上手い”くらいの評価なら、ちょうどいい)
俺は、汗を拭きながら軽く笑っておいた。
「まあ……次はもう少し綺麗に動きたいね」
(本当はもっと煮詰められるけど、今はこのくらいでいい)
夕方。
授業を終えて教室に戻ると、リオが声をかけてきた。
「今日さ、このあとどうする? エリナ先生の“魔力理論補講”やるけど、クロガネも来る?」
「ふふ、“先生”はやめてちょうだい」
前の席でエリナが苦笑する。
「リオが分からなさすぎるから、放課後に少し見るって言っただけよ」
「いやマジで助かるんだって。セナも来るだろ?」
「うん。私も聞きたい」
「ミルナも来なさい。錬金やるなら、理論避けて通れないわよ」
「うぐ……でもまあ、行く」
グレンも、なんだかんだで集まりそうな空気になっている。
「クロガネは?」
全員の視線が、自然と俺に向いた。
「僕は――ごめん。今日はパスで。ちょっと、疲れが残ってて」
「そっか。肩まだ痛いんだっけ?」
「まあ、少しね。寮戻って横になっておくよ」
「無理しない方がいいわ。明日の実技もあるし」
エリナがそう言ってくれる。
リオが笑って手を振った。
「じゃ、また明日な。ちゃんと休めよー」
「うん。また明日」
みんなが教室を出て行くのを見送り、俺は逆方向――寮への廊下を歩き始めた。
(一緒に勉強している間に、僕が何をしてるのかなんて、誰も想像しないだろうな)
それが一番都合がいい。
夜。
寮の廊下は、もうほとんど人の気配がなかった。
部屋に明かりが点いているところもあるが、見回りの足音はまだ遠い。
俺は上着を羽織り、静かに部屋を出た。
裏口から外へ。
学園の裏手に広がる小さな森は、昼とは別人のように闇を抱いている。
霧が濃い。
空気の密度まで変わっている気がした。
木々の間に、黒い裂け目が浮かんでいる。
薄い膜のように揺れるそれに、手を伸ばす。
世界が、静かに裏返った。
湿った土の匂い。
腐葉土を踏む感触。
どこかから聞こえる、コボルトたちの低い唸り声。
いつもの夜の森が、俺を迎える。
「マスター」
闇の奥から、サキュバスが歩み出てきた。
白い肌と黒い髪が、腐敗した森の背景の中でやけに映える。
「今日も来てくれて……嬉しいです」
「こっちの方が落ち着くからね」
少し肩を回しながら辺りを見る。
森の匂いが、昨日より濃くなっていた。
「進捗は?」
「群れの淘汰が進みました。弱いコボルトはほとんど死にました」
サキュバスは淡々と告げる。
「残った個体は、連携も動きも滑らかです。
その戦闘データを元に、コアが“第二層”の構成案を生成しました」
「第二層、ね」
「はい。条件は――昨日の三人の魔力と、恐怖の残滓。それが森にしみ込み、濃度が閾値を超えたようです」
(人間三人分で一層増えるのか。それとも、階層に比例して変わるのか。興味深いな)
「作るか」
俺が言うと、サキュバスはうっすらと微笑んだ。
「もちろん」
森の奥――
まだ誰も足を踏み入れていなかった場所で、地面が静かに裂けた。
黒い結晶が、土を押しのけて伸びていく。
柱のように成長し、天井代わりの闇に突き刺さる。
足元の土が、ざらりとした硬質な感触に変わった。
「……なんだこれ」
「“結晶巣”」
サキュバスが、うっとりとした声で言う。
「あなたの悪意と、人間の悲鳴。
それらが混ざりあって、ここに“巣”として形になりました」
床に細いひび割れが走り、その隙間から微かな光が漏れる。
壁は黒い結晶でできていて、ところどころが脈動していた。
「この結晶、触ると?」
「魔力を吸います。
生きているものが触れ続ければ、魔力も体力も削られます」
「良い性質だな」
俺は指先でそっと結晶をなで、すぐに離した。
皮膚の表面から、うっすらと力が抜ける感覚がした。
「ここに置く魔物は?」
「コアから候補が提示されています」
サキュバスが黒いコアの方を振り向く。
『候補一:マナリーチ・バット
候補二:クリスタル・リザード
候補三:虚像を生む仮面虫』
「……仮面虫?」
『侵入者の姿と声を模倣し、仲間を惑わせます』
(ああ、それはいいな)
「虚像系、好きだよ。人間は勝手に疑い合ってくれる」
サキュバスがこくりと頷く。
「では、第二層の初期構成――
“マナリーチ・バット”を天井に、“クリスタル・リザード”を床に、“仮面虫”を壁際に配置します」
黒い光が走り、結晶の陰から、細長い影がうごめき始める。
天井近くに、蝙蝠のような羽音。
床をすべるように動く、結晶質のトカゲ。
壁の割れ目から、仮面めいた殻を持つ虫がゆっくり這い出てくる。
「ここに落ちたやつは、どう死ぬかな」
俺は想像してみる。
足元を滑らせて、魔力を吸う床に膝をつく。
上からは、血ではなく魔力を吸う蝙蝠が群がる。
視界の端には、仲間そっくりの“虚像”が助けを求めて手を伸ばして――
(いいな)
「サキュバス」
「はい、マスター」
「第二層のコンセプトは、“ゆっくり絞り取る牢獄”でいこう」
「牢獄……」
「一気に殺すんじゃなくて、
“ここから出られない”って理解しながら、じわじわ削られていく場所」
サキュバスは、目を細めて笑った。
「あなたらしいです」
「褒めるなって」
「でも、本当にそう思いますから」
彼女は結晶の壁にそっと手を当てた。
「この層は、マスターの悪意が、とても綺麗に形になっています。
きっと、悲鳴と後悔で、すぐに満たされます」
「いいね」
俺は結晶の床を踏みしめ、奥へ数歩進んだ。
「上の階層で動けるやつらも、少しだけこっちに慣れさせておけ。
コボルトが迷い込んできたら、どんなふうに死ぬか見ておきたい」
「了解しました。
弱い個体から順に、“ここで死んでいってもらう”よう誘導します」
「死に方を見れば、罠の調整もしやすいからね」
サキュバスがくすっと笑った。
「人間だけでなく、魔物の死に方まで気にするなんて……
やっぱり、あなたは徹底してます」
「中途半端なのは嫌いなんだよ」
結晶の壁が、脈を打つみたいにわずかに明滅する。
それが、コアの“喜び”にも見えた。
『マスターの悪意、増加を確認。
第二層の成長速度が上昇します』
「ほらな。気に入られてる」
「……ええ。
マスターとこのダンジョンは、とてもよく似合ってます」
サキュバスの瞳は、完全に“こちら側”の色をしていた。
「ねえ、マスター」
「なに?」
「地上のあなたが、笑って話しているとき――
“この場所のことを、思い出したりしますか?」
「たまにね」
昼間の教室。
リオのバカ話。
カイの大声。
セナの心配そうな視線。
エリナのため息。
ミルナのぼやき。
グレンの不器用な一言。
「みんな、本当に油断しきった顔で笑ってるからさ」
俺は、少しだけ笑った。
「“このまま何も知らずにいてくれたら、もっとおいしくなるのに”って思うよ」
サキュバスは、ゾクリと身震いした。
「……本当に、素敵です」
「だから褒めるなよ」
「褒めずにはいられません」
彼女は、結晶の床に膝をつくようにして頭を垂れた。
「マスター。
どうか、もっとこの巣を育ててください。
もっとたくさんの命と恐怖を、ここに流し込んでください」
「もちろん」
俺は黒いコアの方を振り返る。
「ここは俺のダンジョンだ。
――“俺が殺したいときに、俺の好きなように殺せる場所”だ」
結晶の壁が、静かに、満足そうに脈動した。
「……この世界、本当に飽きないな」
そう呟いて、俺は第二層の奥へと歩き出した。
まだ何もいない空間に、
これから詰め込むであろう悲鳴と血と絶望を、ゆっくり想像しながら。




