思い出せ
続きです。原稿から大分削ったんですがまだちょっと高校編続きます
週明け、2年生クラスの空気はすっかり落ち着きを見せ始めていた。
ただ一人――宝木カレンを除いて。
(……あいつ、絶対わざとだって……)
着替え事件から数日。
カレンはレンジとまともに目が合わせられなくなっていた。
怒ってる。いや、怒ってるけど……怒りきれてない。
昼休み、教室。
レンジがカレンの机の近くを通る。
「よっ、宝木。昨日はちゃんと着替えてから帰ったか?」
「ッ……!!」
「おま、もうその話するなって言ったでしょバカ!!」
「いやいや、俺は感謝してるだけで――」
「殺す!! ガチで!!」
教科書が飛んできた。
レンジは見事に回避し、ニヤリと笑う。
「はいはい、今日も元気で結構です」
カレンの顔は真っ赤だった。
ミレイは、そんなカレンを斜め後ろの席から見ていた。
そんな中事件は起きた
昼休み、裏庭の人気のない自販機横。
宝木カレンはジュースを買っていた。
(……今日もレンジはムカつくし……)
制服のボタンをそっと指で押さえながら、溜息を吐いたそのとき――
「よう宝木ぃ〜、ひとりかよ?」
「おぉ〜今日もボリューム満点ッスね〜」
現れたのは、同じクラスの不良DQNコンビ。
肩をぐいっと組まれ、カレンは瞬時に眉をしかめた。
「は? 触んじゃねえよ」
「おっと〜こわっ。でもさ〜1枚だけでいいから、脱いで撮らせてくんね?」
スマホをチラつかせ、ニヤついた顔。
「何言ってんの、マジでキモい」
「そーんなこと言って、見せたがりなんだろ? いいだろぉ?」
じりじりと距離を詰められるカレン。
(……なんで、こんなときに限って、誰も……)
「その手、どけろよ」
背後から鋭く響く声。
振り返ると、そこに――
鶴城レンジがいた。目つきは鋭く、いつもと違う空気を纏っていた。
「は? なんだよレンジ、お前関係ねーだろ」
「……ああ、俺は関係ない。ただ、見て見ぬふりできるほど“バカ”じゃないだけだ」
「テメェ、調子乗ってんじゃねーぞ!?」
「じゃあ調子、崩してやるよ――ここでな」
バチィィッとぶつかる視線。
一触即発の空気に、DQN2人は毒づきながらも後退した。
「チッ……もういいわ、行くぞ」
不良たちが立ち去ったあと、カレンは背中を向けたまま、じっとしていた。
「……おい、大丈夫か?」
レンジが近づこうとしたそのとき――
「……見たでしょ」
「え?」
「アンタが……助けに来る前、あいつらに胸見られてたの、見てたでしょ」
「……やっぱデカいとか思った? キモいとか、引いた?」
ふるふると震えながら、カレンが絞り出したその言葉。
だが、レンジの返答は一言だけだった。
「……何言ってんだ。俺は――“めっちゃムカついた”、お前が泣きそうになってんのが、な」
カレンはしばらく無言だった。
そして、小さく肩を震わせたあと――
「……っ……あんたほんと、バカ……」
「……でも、ありがと」
そう言って、振り返らずに駆けていった。
真っ赤な耳を、風に揺らしながら。
いつもの朝。
レンジは家を出て、角を曲がったところでいつものようにミレイと合流する。
「おはよう、今日も遅刻ギリギリですね」
「……それ、褒めてる?」
そんな軽口の応酬も、2人にとっては日常だった。
並んで歩くのも自然、歩幅だって合ってる。
だが――
「よっ、ラブバカップルごっこ中〜?」
背後から聞き慣れた、だがテンション高めの声。
振り返ると、制服のスカートをひらひらさせながら、赤髪をなびかせた宝木カレンが笑っていた。
「……お前、朝からテンション高くね?」
「べっつに〜? 偶然道が一緒になっただけだし〜?」
そう言いながら、カレンは当然のようにレンジの左側に入り込んで並び歩き出す。
※右側はミレイ、つまりレンジは“両手に花状態”に。
そして、なぜか――
やたら近い。
肘がぶつかる。肩が当たる。髪が揺れてレンジの顔にかかる。
「……ちょ、近くない?」
ミレイがピシャリと言う。
「え? そう? アンタこそ彼女でも無いなら、ちょっと離れたら?」
「なっ……私は、いつもこの距離で……!」
「そうなんだ〜? でも今日からは“私がここ”なんで♪」
「………ッッ!」
一触即発の空気が流れる中――
レンジはというと、まったく緊張感の無い顔で、
「俺はこれで良いけどな!」
満面の笑み。
「黙りなさいこのスケベ!」
叩かれ、しかしレンジはニッコニコ。
(これが……春ってやつか……)
その日――教室に入ってきた宝木カレンは、明らかに様子がおかしかった。
いや、クラスメイト全員が気づいていた。
「……あれ? 宝木が鶴城の席の横に座ってない?」
「っていうか弁当まで持ってきてんじゃん……」
「え、あいつ…鶴城になんかしたの? 呪われた? 正気?」
「いいなぁ……あの巨乳、好きにできるのか……」
「はい、アーンして♡」
「いや、それは流石にやりすぎじゃね?」
「いいじゃん、昨日助けてくれたし……それに、別に彼女の一人や二人、いたって良いでしょ?」
「いや付き合って無いよな!?」
ミレイは無意識に唇をかすかに尖らせる。
(助けられたからって、あそこまで露骨に……軽い、チョロすぎるでしょあの女)
平日のある日、放課後――
再び、アヤノがレンジとミレイに話しかけてきた。
「今週末も……よかったら、来ませんか?
前回は、あまり話せなかったから……今度は、ゆっくりできるように、準備しておきます」
ミレイは一瞬戸惑いながらも、頷いた。
「ええ……いいですよ」
すると、少し後ろからそれを聞いていたカレンが割り込む。
「え、何?あの豪邸行くの? アタシも行くー!」
「えっ……カレンさん?」
「てか、あんな豪邸見せられて行かないとか無理じゃない? 今日から私、レンジの隣枠だから♡」
レンジ「まぁまぁ、行こう行こう、また馬に会えるしな」
アヤノは一瞬驚いたような顔をし、そして――小さく微笑んだ。
「……はい。皆さんで、ぜひ」
日曜日・再びアヤノの屋敷にて
石畳の門をくぐり、古びた洋館の扉をノックすると、扉が静かに開いた。
迎えてくれたのは、制服姿の――楠エトラだった。
「……あ、こんにちは」
「エトラさん、あなたも来てたんですね」
「え〜と、隣の高校の娘?友達?」
「……はい、あれから何度か……アヤノさんに招待されて」
紅茶と菓子が並ぶ、光の差し込む応接室。
全員がそろった空間。
しかし、思い返せはレンジとミレイ以外は知り合って一ヶ月もしない仲だ、よく考えれば奇妙だ、こうして
不思議な雰囲気の女子に家に招かれている
「……やっぱり、変ですね……」
「なにが?」とレンジが尋ねると、エトラは自分の胸元を押さえながら答えた。
「この5人でいると、分からないけどなせが懐かしい気がして……」
静かに座っていたアヤノの目から――
ひとしずく、涙がこぼれた。
「……ごめんなさい……」
ミレイが少しだけ身を乗り出す。
「アヤノさん……どうして、泣いてるんですか?」
アヤノは答えようと口を開きかけ、けれど一瞬だけ迷って――
それでも、ほんの少しだけ、真実の欠片をこぼした。
「……この場所は、かつて……とても大切な人たちと過ごした思い出を隠している場所なんです⋯」
「大切な……人?」
けれど、レンジもミレイもカレンも、
まだ何も知らない。
ただ、そこに集ったことが、なぜか“とても大切”に思えただけだった。
沈黙が数秒、続いた。
その静けさの中――
アヤノが、ふと、声を震わせた。
「……なんですか」
誰かに問いかけるように。
「なんですか……! なんで、皆……私だけを置いて……!」
声が、涙に滲んだ。
「“あの旅は、永遠に続けばいい”って……皆、言ってたのに……!!」
その言葉に、誰もが言葉を失った。
レンジも、ミレイも、カレンも、エトラも。
“なぜ泣いているのか”は分からないのに、
その涙だけは、なぜかとても――見ていられなかった。
レンジたちは、ただ黙ってアヤノを見つめていた。
「……変なやつだな」と思えなかった。
その涙の重さが、心の奥に“妙にしっくりと”響いていたから。
「私は……少し、普通の人間とは違うんです。
年を取らないし、死ぬこともない。だから、時々……すごく、寂しくなるんです」
レンジもミレイも、息を飲んだ。
言葉の意味は飲み込めない。けれど、アヤノの涙は真実のように胸を打った。
「私は……私の本当の名は……アイネス…
アイネス・クレイン」
声が詰まり、アヤノはふたたび黙った。
「……嘘です、ただの妄想です。信じないでくださいね?」
しばしの沈黙。
誰もが、心のどこかを打たれていた。
それが作り話だとは、思えなかった。
ミレイはふと、呟いた。
「……もしかして、私たち……どこかで……」
カレンも俯きながら、小さく呟く。
「会ったことなんか、あるわけ……ないのにさ……」
静寂が戻った応接室。
アヤノはしばらく嗚咽を堪えたあと、深呼吸を一つして、穏やかな微笑みに戻った。
けれど、その微笑みはどこか壊れかけていた。
そして言った。
「……ごめんなさい、取り乱してしまって。
泣くつもりじゃなかったんです、本当は。皆さんに会えただけで、嬉しかったのに……」
誰も何も返せなかった。
その涙の重みが、それだけで充分だったから。
そしてこの日は解散となった
レンジ、ミレイ、カレンは転生
エトラは直系の子孫
アヤノは本人の設定です