再会
この作品は前作、伝説の勇者の息子なんだけどちょっとヤバいヤツだった の続編です。是非先に前作をご覧下さい
四月一日。
新しい年度の朝は、春の光がやけに眩しかった。
制服のブレザーが、まだ体に馴染まない――それが、少しだけ息苦しい。
舗装された坂道を、二人の高校生が並んで歩いていた。
鶴城レンジ。
ぼさついた髪、鋭い目つき、そして妙に野性めいた空気。
だがその奥に、誰もが理由もなく「信じたくなる」優しさを宿している。
黒瀬ミレイ。
銀糸のような髪を整然と編み上げ、真っ直ぐな瞳を持つ。
学年でも一目置かれる委員長格だが、その横顔にはほんの僅かな緊張が見えた。
「……新しいクラス、どんな奴らがいると思う?」
「どうせあなた、また騒ぎの種になるに決まってるわ」
「ひでぇな。……てか、お前も少し緊張してんだろ?」
「っ……してません!」
「耳、赤いぞ」
顔をそむけるミレイ。
そのやり取りは、まるで何度も繰り返した記憶の中の一幕のようで――
二人は知らぬまま、確かに似た春を幾度も歩いてきたのだ。
ホームルーム開始数分前。
新しい教室には、まだ初対面の空気と小さな期待が混ざっていた。
レンジとミレイが足を踏み入れると、
数人の生徒が既に席についた。
「お、俺の隣の子……『宝木カレン』って名前、なんかギラついてそうな名前だなぁ」
そして、運命の席に着いた瞬間――
レンジの視界の端で、何かが“ぱちん”と弾けた。
彼女はそこにいた。
鮮やかな赤髪をツインにまとめ、腕を組んで背もたれにふんぞり返っている。
制服はだらしなく崩し気味。脚を組み、イヤホン片耳装着、表情は完全に「こっち来んな」。
「よう、隣か。よろしくな、宝木カレンちゃん」
「……は? いきなり距離詰めてこないでくれる? こっちは“話しかけんなオーラ”出してんだけど」
「おぉ〜、これはなかなかの火薬庫ですわ」
「はぁ? 何、今の言い方。喧嘩売ってんの?」
「いやいや、褒めてんだって。可愛い顔して、結構な爆発力じゃん」
「――っ、あんたみたいな軽そうなヤツ、マジで無理」
その言葉に、思わず後ろのミレイが吹き出しそうになった。
「ほら見なさい、言った通りになったわね」
「いやいや、俺が悪いんじゃなくて、爆発力が高すぎただけだから」
新クラスでの最初のホームルーム。
緊張とざわめきの中、担任が自己紹介を促す。
「じゃあ出席番号順に自己紹介してもらおうか。
簡単でいいから、1年のクラスと、何かひと言添えてね」
静かに立ち上がったのは、銀髪を整えた少女。背筋を伸ばして一礼する。
「黒瀬ミレイです。1年ではC組でした。
勉強と生活態度はしっかりしているつもりです。
迷惑にならないよう努力しますので、よろしくお願いします」
“高嶺の花”という言葉が自然と浮かぶような、
完璧な挨拶にクラスが少しざわつく。
本人はいたって真面目だが、その端正な姿は誰の目にも止まった。
次に立ち上がったのは、対照的に肩肘を張った少女。
「宝木カレン。1年B組。……以上」
担任「えーっと、何かひと言ないの?」
「特に無いし。……強いて言うなら、ちょっかい出してきたら殴るから」
苦笑いとざわめきが広がる中、レンジはニヤッとした。
「こっちが先に喧嘩売ってたっぽいな、俺」
「鶴城レンジです。1年D組でした。
趣味は馬の動画を見ることと…あと、なんか楽しいこと探すこと。
まぁ、そんな感じでよろしく」
レンジが挨拶を終えた直後、それに気付いた
クラスの後ろの窓際で、静かに手を握り締めている女子生徒がいた。
凪沙アヤノ。
彼女の頬を、一筋の涙が静かに伝っていた。
誰にも気づかれないよう、そっと伏せた瞳。
だが、レンジはその涙に――ほんのわずかだけ、“懐かしさ”を感じていた。
(……今の子、なんで泣いてるんだ?
なんか、どこかで……)
始業式を終えた4月1日。
まだ授業も無く、今日は早めの下校となった。
校門から少し離れた並木道を、レンジとミレイが並んで歩いていた。
「なんかあっという間に終わったな、始業式」
「始まっただけで疲れました。緊張しましたし……」
「……自己紹介は完璧だったじゃん。やっぱりミレイって堅物委員長気質ってやつ?」
ミレイがむっとした顔でレンジを睨む。
そんな2人の間には、どこか“長年連れ添った夫婦の空気”が漂っていた――
当人たちはその理由を知らないまま。
そのときだった。
「ワイ……っ」
かすれた声が風に乗った。
「ワイ……ッ、レンジさん! ミレイさん!」
振り向く2人。
そこにいたのは、昼間の自己紹介で目立つこともなかった女子――凪沙アヤノ。
息を切らせながら、制服の袖を握りしめて立ち尽くしている。
その表情は、まるで懐かしい誰かに“生きて会えた”瞬間のような、そんな涙をこらえたものだった。
「……え?」
「わたし……あの……!」
勢いで呼び止めたものの、言葉が出てこない。
理由も、目的も、整理されていなかった。
ただ――どうしても、声をかけたかった。
「わたし……あなたたちのこと、前から……」
だがそれ以上、言葉は続かず。
代わりに、静かに一粒、涙がこぼれ落ちた。
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レンジとミレイは、目を合わせてキョトンとする。
「……えっと、ごめん。俺ら、知り合い……だったっけ?」
「……大丈夫ですか?何か…?」
風が吹き抜け、桜の花びらがひとひら舞う。
凪沙アヤノは、小さく首を振って、でも笑った。
「……なんでも、ありません。すみません、変なことして」
そして、深く頭を下げて、その場を去った
夕方、校門を出てすぐの桜並木。
レンジとミレイは並んで歩いていた。
「……今日だけで濃すぎるでしょ、クラス」
「ほんとだな。隣の席で爆発されたり、泣かれたり……」
「“爆発”って言うのやめなさい」
「でもミレイも思ったろ? あの子、ただの天然って顔じゃなかったよな」
「……そう、ね。不思議な感じは、した」
そんな会話をしながら、坂道を下っていたとき――
ふと、向かいの歩道から1人の女子が歩いてくるのが見えた。
黒髪ロングに、清楚系の制服姿。
姿勢よく歩いているのに、どこか控えめで、目立たないようにしているようだった。
風が吹き、花びらが舞う瞬間――
レンジとその少女の視線が、ふと交差した。
「……ん?」
そのとき、少女――の口元が小さく動いた
「……なんか……どこかで……」
言葉はそれきり。
彼女はすれ違ったあとも、しばらく振り返ることなく歩き去っていった。
レンジは少し首をかしげた。
「なんか……今の子、隣の高校の制服だよな?でもどっかで会った気が…」
「え? どの子です?」
「ほら、今すれ違った黒髪の……」
「……なんなんだ、今日。それ多いですね?」
ミレイは小さく笑った。
「そうかなあ……」
ふとレンジの目が泳ぎ――
「……しかし、デカかったな……今の子」
「…………」
ミレイが立ち止まり、じと目を向ける。
「セクハラ、禁止」
「いてっ!? 何すんだよ!」
ミレイの手刀が、レンジの肩に鋭く入った。
翌朝
レンジが自転車を押して歩いていると、目の前から赤髪をなびかせた少女が現れた。
「お、宝木。おはよー」
「……はぁ? 昨日から何その馴れ馴れしさ。こっちはまだ許してないから」
「えー? 俺なんかしたっけ? ちょっと褒めただけじゃん」
「“火薬庫”呼ばわりされたの忘れたの?」
「いやいや、褒め言葉だよ? 俺、爆発するタイプ好きなんだってば」
「どんな性癖だよバカ!!」
バチン!
カレンの教科書入りバッグが、レンジの腕をヒットする。
「いてぇっ!?マジで爆発すんなよ!」
「アンタが火を点けたんだろうがっ!」
2人のやりとりを遠巻きに見ていたミレイが、疲れたようにため息をつく。
「……朝からうるさいですね。あなたたち、前世でも戦ってたんじゃないですか?」
「ん? それ、俺のこと信じてるってこと?」
「違うに決まってるでしょ」
教室に入っても、カレンとレンジは何かと小競り合いを繰り返す。
放課後、ミレイが忘れ物を取りに行くというので、レンジは一緒に教室に戻ってきた。
「ったく、教科書置きっぱなしとか珍しいな」
「それだけ疲れたってことです……あなたのせいで」
「え? 俺のせい?」
「心当たりがないなら幸せですね…」
教室のドアをガラッと開けた、その瞬間――
「……え?」
カチャッ。
教室の隅にいたのは、制服の上着を脱ぎかけた宝木カレンだった。
白いブラウスは半脱ぎ状態、見事なプロポーションがそのまま目の前に――
B88(F)W58H80の現実を、ただ見つめる2人。
ピンク色のブラが見えた、見えちゃった。
「……って、ちょ、着替え中…なにしてんのあんたらあああああ!!?」
カレンがバッと制服の上を引き寄せ、顔を真っ赤に染める。
ミレイは沈黙したまま、ぽつりと一言。
「……大きい……」
「 今それ言う!?」
一方、レンジはというと――
「……ごちそうさまでしたッ!」
満面の笑顔で頭を垂れる
バチィィィン!!!
乾いた音が教室に響き渡った。
カレンはその後も顔を真っ赤にしながら「変態!変態!」とレンジを追い回し、
ミレイは静かにため息をついて、忘れ物だけを持って帰った。
奇妙な高校生活は続く
昼休み、アヤノは思い切って2人に近づいた。
「……あの、レンジさん、ミレイさん」
「お? こないだの涙の謎女子じゃん」
「大丈夫ですか?あの時私達なにか傷つくような事でも……」
「い、いえっ……その、あの……」
一度深呼吸して、アヤノは意を決したように口を開いた。
「私の家……馬を飼ってるんです。
よかったら、見に来ませんか? 2人とも……動物、好きそうなので、仲良く……なれたらと」
レンジがぴくりと反応する。
「馬……? 本物の?」
「はい。青鹿毛の、とっても綺麗な牝馬がいるんです、もしよかったら、週末……来てくれたら嬉しいなって」
そう言ってアヤノが差し出したのは、手書きの地図と小さなメモ。
ミレイは少し驚いた顔でレンジを見る。
「……どうする?」
「……面白そうじゃん」
レンジは微笑む。
週末。
地図を頼りに、レンジとミレイは郊外の住宅街を抜け、山の中腹に広がる敷地へとたどり着いた。
そこに建っていたのは、古風で優美な洋館――
石造りのアーチと美しい庭園、整えられた木製の柵。まるで貴族の別荘のような佇まい。
「おいおい……マジでここに住んでんのかよ」
「……個人の家ってレベルじゃないですよ、これ」
門の前で待っていたアヤノは、いつもと変わらぬ落ち着いた笑みを浮かべていた。
「ようこそ、いらっしゃいました」
「……なんか、すごいとこ住んでるなアヤノ」
「こっそり令嬢だったんですか?」
「いえ……そんなことは……」
アヤノは静かに微笑んだが、その笑みにはどこか陰りがあった。
屋敷の中に通された2人は、さらに驚く。
大理石の床に、金の縁取りが施された調度品。
古めかしいピアノ、揺れるシャンデリア、壁に飾られた――
まるで“英雄譚のような絵画”。
それは、馬に乗る青年と、銀髪の女騎士、赤髪の女、黒髪の魔女、そして――白銀の尾を持つ人魚の絵。
レンジとミレイの心に、何かがざわめいた。
「ごめんなさい。うち、両親も兄弟もいないんです。今は……私だけで暮らしてて」
アヤノが穏やかに言う。
「そうなんだ……」
レンジは返しつつも、この豪邸をどう維持しているのか気になった。
やがて2人は、屋敷の裏手にある馬房へ案内される。
白木の柵に囲まれたそこには、1頭の牝馬が静かに立っていた。
全身を青黒く艶やかに輝かせた、見事な青鹿毛の馬。
アヤノが優しく声をかける。
「レガシー、お客さんだよ」
その瞬間――
アヤノの声に反応してこの青鹿毛の馬、
レガシーロジストが、ぴくりと耳を動かし、
まっすぐにレンジとミレイの方を見つめた。
ゆっくりと歩み寄る彼女の瞳は、まるで“探し人”を見つけたように揺れていた。
レガシーは、2人の前に立ち、鼻先をミレイの胸元にそっと寄せる。
そして、次の瞬間――
彼女はレンジの手のひらに、自ら額を押しつけた。
まるで“おかえり”と語るように。
アヤノは、その光景を見つめながら、目に涙を浮かべていた。
「……やっぱり……あなただったんですね、レンジさん……」
レンジとミレイがレガシーの反応に戸惑いながらも、どこか懐かしいぬくもりを受け取っていたその時だった……
屋敷の前の坂道。
ゆっくりと、制服姿の少女が歩いていた。
その姿を見て、アヤノはふと目を見開いた。
――黒髪に、整った姿勢。
――どこか遠慮がちで、それでも優しい光を宿す目。
「……まさか」
少女もまた、洋館の門を見上げていた。
「なぜか引き寄せられた気がして……」というように。
その瞬間、アヤノがぽつりと呟く。
「……エトラ……」
そして、門の前でその少女が名乗った。
「……あの、突然すみません。
通りがかりなんですけど……なんだか、懐かしい香りがして……
わたし、楠エトラって言います。ちょっとお散歩してたらここの場所に出ていて……」
レンジとミレイは顔を見合わせた。
「あ、この前、すれちがった…」
アヤノは門を開け、微笑んだ。
その笑みはまるで――“遠く離れた娘が帰ってきた”
ような、柔らかな愛情に満ちていた。
「いらっしゃい、エトラちゃん。ずっと、待っていましたよ」
アヤノの内心
(あなたのおばあ様――いえ、ひいひいおばあ様は、私が育てた最初の子でした。
優しくて、聡くて、怖がりで……でも、大切なものを守ろうとする心は、あの人譲りだった……あなたの中に……あの子の“光”が、ちゃんと生きている)
その後、軽い談笑を挟み解散、
しかし最後に
「レンジさん……」
「ん?」
「ありがとう、また来てください!」
「おう!また是非な!」
こうして4人は、再び巡り会った。
それぞれの魂が、互いに何かを思い出す前に――
絆だけが先に、そっと“再会”を果たしていた。
次回とか結構話が飛んだりして不自然です。
前作から違和感無く繋ぐのって難しいんですね