じいちゃんと僕
先日、大好きだったじいちゃんが死んだ。
車と旅行が大好きだったじいちゃん。
1年前に、じいちゃんと一緒に住んでいた一秋叔父ちゃんとじいちゃんの奥さんのばあちゃんが、車で医者に向かう途中に事故に遭って死んだ。
そんな悲しいことがあって、ずっと塞ぎ込んでいたじいちゃん。
元気がなくなっちゃったじいちゃんに、僕は何
度も会いに行ったけれど、僕ではダメだった。
今、死んだじいちゃんの顔を見て、本当に心からそう思う。
ばあちゃんと叔父ちゃんが、じいちゃんを迎えにきてくれたんじゃないかって。
そして僕はじいちゃんがいなくなったその日の夜、空を見上げた。
今まで見たこともないほどの数の星が、じいちゃんを迎えてくれているように輝いていた。
星といえば、じいちゃんには兄弟がいて、とても優しいお兄ちゃんがいたって、よく話してくれた。
昔は奉公って言って、家のために働きに出掛けていく子供が沢山いたようで、じいちゃんのお兄ちゃんもそれに行ったようだった。
お兄ちゃんのおかげで、1日だけだったけれど美味しいご飯が食べられたって話してくれた。
とても優しいお兄ちゃんだったから、じいちゃんはとても寂しくて、しばらく毎晩寂しくて泣いたって言ってた。
とても頭のいいお兄ちゃんだったから、仕事先でとても偉くなって、大きくなってからは、お店を任されていたって言っていた時のじいちゃんは、なんだかとても嬉しそうだった。
じいちゃんが、今で言う高校生くらいの時、お兄ちゃんにやっと会いに行けると思って一度、奉公先に向かった時には、お兄ちゃんは病気になっていた。奉公先の人がいい人たちで、お兄ちゃんを病院に入れてくれていたため、知ったその日にじいちゃんは、病院目指して山の上の方まで登ったそうだ。
走って走ってものすごく走って、やっと着いた時には、走りすぎて息をするのも大変だったそう。
久しぶりに会ったお兄ちゃんは、とても大人になっていて、そしてとても痩せてしまっていた。ちょっと驚いたけれど、笑顔は変わらず優しいお兄ちゃんだったって、嬉しそうにいっていた。
じいちゃんは嬉しい反面、その時涙をこらえるのが大変だったって言っていた。その話をする度に、僕の前でよく涙をぬぐっていた。
「和義、お前は昔から太陽のように明るい子だった。それは今も健在だな。本当に大きくなったな。来てくれて、会えて、兄ちゃんはとても嬉しいよ」
そう言い終えると同時に、苦しそうに咳き込むお兄ちゃんをみて、ますます泣きそうになったが、それを消すように、じいちゃんはしきりに元気に振る舞ったそうだ。
「あはは、ゴフッゴホッお前は楽しいやつだな」
時間の許す限り、じいちゃんはそこにいたが、帰らなければいけない時間は必ず来る。
「兄ちゃん!もっと話したい話あるから俺、またすぐ来るからな!ここにいれば病気もきっと良くなるし、待っててくれよな」
「ああ!もちろんだ。ゴフッゴホッゴホッ」
重い咳をしながらも、笑顔で笑いかけるお兄ちゃんの姿に、別れ際じいちゃんは、外から精一杯元気な笑顔で、病室から外を眺めるお兄ちゃんに手を振った。
病院を出るとじいちゃんは勢いよく走りだし、病院が見えなくなったあたりで止まると、大声で泣いたそうだ。
涙は途切れることなく流れてくる。
山を降りる道中、ふと空を眺めると、そこはまた一面綺麗な星空が広がっていた。キラキラと無数に広がる星空が、不思議と心を穏やかにした。そんな星をずっと眺めながら、じいちゃんは家まで帰った。
それから数日後、じいちゃんが約束を果たす前に、お兄ちゃんは亡くなってしまった。
やっと会えたと思った矢先に。
涙が身体と心に大量に流れた。
悲しいことは、時に連鎖する事がある。
じいちゃんの母さんが、お兄ちゃんの死から間も無く、お腹の赤ちゃんと一緒に出産中に亡くなった。
そして悔やむ間もなく、じいちゃんの父さんが肺炎で死んでしまった。
大きくならずに亡くなった弟や妹たち。
祖父や祖母もだいぶ前に他界していたので、じいちゃんは高校生の歳に、1人ぼっちになってしまった。
いつも賑やかだった家が、一気に静かになってしまった。
静寂が物凄く心細かったと、その時のことをとても寂しそうに話してくれたっけ。
じいちゃんは地主さんに相談して、育った家を手放すと、そのままお寺に入ることに決めたのだといっていた。
お世話になる住職さんはとてもいい方で、若かったじいちゃんでも、物凄い徳を感じたと話していた。
そしてそれは生活すればするほど、その徳の凄さを実感したそうだ。
じいちゃんはお寺に行ってよかったと、とても感謝していると言っていた。
空に輝く沢山の星は、人の一生を一体何度救ってきたのだろう。
じいちゃんは星を見るのが好きだった。
悲しく辛い人生も、真っ直ぐ一生懸命に、真摯に向き合って来たじいちゃんにも、やがて春は来る。
ある時から、毎月欠かさず観音様に手を合わせに来る娘がいた。
最初は挨拶くらいから交わしていた言葉も、重ねるうちに濃くなり2人は恋に落ちた。
後から老舗和菓子屋の娘だということを知ると、身分違いだと思い、離れなければとじいちゃんはおもった。
だが離れなければと思えば思うほど、想いは強くなる。
だが、身分に差がありすぎる。
誰しも認めるわけはない。じいちゃんはとても悩んだ。
想いの強い2人は考えた末に駆け落ちをした。
うまく行ったように感じたのは、本人たちだけで、和菓子屋の追手に見つかって、じいちゃんはめちゃくちゃボコボコにされたそうだ。
寺に戻って来たじいちゃんは、住職に怒られる事はなかったけれど、きちんと物事を見つめなさいと、お経と瞑想の時間が増えたと言っていた。
それからしばらく会うことはなかったが、後継に恵まれなかったその和菓子屋に、彼女の想いが乗っかり、じいちゃんは婿養子として行くことになるのだ。
じいちゃんはお世話になった寺を去り、荒い大波の中に飛び込んだ。
真面目で一生懸命で、尚且つ亡くなったお兄ちゃん同様に、器用で能力が高かったじいちゃんは、認められるのにそう時間はかからなかった。
その人がばあちゃんになるわけだけれども。
やがて、ばあちゃんとの間に叔父ちゃんが生まれ、ようやく落ち着いた日々がやって来た。
家族は毎日楽しく笑い合い、幸せだった。
毎年見る家族の明るさは、この家の誇りだった。
何年も何年も、そう続くと思っていた。
5月のある時、突然2人は事故で亡くなった。
僕は悲しみに包まれていくじいちゃんを、ずっと見ていた。僕はずっとそこにいたのに、笑顔にしてあげられなかった。
時折り、僕に思い出を語りかけるじいちゃんは、いつも嬉しそうで、そしてとても哀しそうだった。
僕は、僕の役目を、みんなを守ることができたのだろうか。
僕はじいちゃんに連れられて、幾度となく星を見た。
じいちゃんと見る、あの満天の星空が懐かしい。
じいちゃんはあそこにいる気がする。
みんなできっといるだろう。
僕ももうすぐ向かうことができそうだ。
またあの頃の、3人の笑顔の中に戻れるといいな。
家の取り壊しが決まった日、3人が眠る仏壇の横に、色褪せた可愛い男の子の五月人形が横たわっていた。