第一話 異能力者の許嫁
「よいしょ、と……」
マンションの最上階、3LDKの一室、リビングにて。
僕は担いできた血まみれ女子こと留流綺羅子を仰向けに安置した。
「とりあえず応急処置をしないと」
僕は傷の種類や程度を把握するため、床に寝かせた留流綺羅子の傍にしゃがみこんだ。
まず真っ先に分かったのは、彼女の華奢な身体のあちこちに鋭利な刃物で切り裂いたような傷があること。
流血こそしているが、しかし、どの傷も思ったよりは深くなさそうだった。
「見た目のわりには軽傷、とはいえ止血くらいはしないとね」
僕は立ち上がり、部屋の中を軽く見回した。
とてつもなく散らかった部屋だった。
飲むタイプの栄養ゼリーの容器やミネラルウォーターのペットボトルがあちこちに転がっている。
未開封の郵便物や、服や下着の類もまた、そこら中に投げ捨てられている。
なぜそのような状態なのかは分からない。
なぜならこの部屋の持ち主は僕ではないのだから。
「留流綺羅子、君はどうやら片付けはあまり得意じゃなさそうだね。救急箱はどこかな」
僕はスペアキーで勝手に入室した罪悪感から逃げるようにペットボトルの海へと踏み入る。
目的は止血用の包帯。
とはいえ、こんな惨状じゃちゃんとした医療用包帯など求めるべくもないことは流石に察しがついていた。
「何かちょうどいい布があれば、それでもいいんだけどな」
妥協点を探す僕の視界に、脱ぎ散らかされた下着がちらちらと映りこんでくる。
「……一応、一応ね?」
手近なパンツを一枚手に取り、サイズを確認。
切ってしまえば包帯として使えそうではある。
応急処置だし、清潔さに関しては目を瞑れる。
「仕方ない、緊急事態だから」
僕は自己正当化を完了し、パンツ一枚と途中で見つけた手指消毒用のアルコールを携えてリビングに戻った。
留流綺羅子はまだ気絶したままだ。
と、そこでふと閃いてしまった。
「……なるほど、君の服もそのまま使えそうだ」
彼女の服が裂けていることは認識していたが、こうして明るい場所で見てみると思っていたよりも派手に破けている。
スカートが短くなっているとは言ったが、正確には股下ギリギリまで無くなっていて消滅寸前だ。
血まみれのセーラー服も脇腹のギリギリまで大きく裂けていて、脂肪の少なく真白い腹部が呼吸に合わせて膨らんだり、縮んだりするのが見える。
そして閃いたアイデアというのが、まだ使えそうなパンツを持ち主の許可なく切り裂いて包帯にするくらいなら、このズタズタの服をちぎり取って再利用すればいいのでは、ということ。
「……」
別に、さっきそこで拾ってきた血まみれ女子の裸体を拝みたいとか、そういうことは決してないと、僕の名誉のために前置いておく。
「まあ、これだけ破けてたら今さら脱がしても同じか。よし、それじゃあ失礼して……」
「何にも同じじゃねぇよ離れろ変態野郎!」
「ぐふぇっ⁉︎」
留流綺羅子の服に手をかけた次の瞬間、僕のみぞおちに爪先キックが直撃した。
悶え苦しむ僕を、突如起き上がった留流綺羅子が見下ろした。
「お、起きてたのか」
「少し前からな。お前なんであたしの家にいる? なんであたしのパンツを握りしめてる?」
やばい。絶望的に状況が悪い。家宅侵入、下着泥棒、あとの罪状はなんだ?
「あの、落ち着いて聞いて欲しいんだけど」
「あたしに何をするつもりだったのかは知らねえけどよ……」
聞く耳持たず。怒れる留流綺羅子の右の手のひらからぶしゅ、と血が吹き出し、確かな存在感のある長物の形へと編み上げられていく。
「いっぺん死んどくか? あぁ⁉︎」
それは、彼女自身を貫くように出現した鮮血の刀。彼女の持つ異能力の結晶。その切先を鼻先へと突きつけられた僕は、鉄錆のような血液の匂いを少し吸い、ゆっくりと息を吐いた。
「何するつもりって、応急処置だよ」
僕は言いつつ、ビキビキと青筋を浮かべる留流綺羅子に手に持った消毒液を見せた。
「留流綺羅子。君、自分が今どんな格好をしているか自覚はある?」
「格好? ハッ⁉︎」
一瞬首を傾げた留流綺羅子は慌てて身体を手で隠した。
鮮血の刀が形を失い、フローリングにばしゃりとこぼれる。
彼女は僕の指摘を聞いてようやく自分の服がもうほとんど意味を為していないことに気がついたらしい。
怒りに羞恥をブレンドした睨みが飛んでくる。
僕はため息を吐きつつ、改めて応急処置用のグッズを掲げて見せた。
「僕は君のケガの手当てがしたいんだ。救急箱があるなら場所を教えてくれないか」
「だ、誰がお前なんかに触らせるか! だいたいお前は誰なんだよ‼︎」
「名字は常盤台、名前は紗人」
「その名前っ……!」
僕はここにきてようやく、自分の立場を表明する。
「そう、君の許婚だよ」
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