第十七話 煩悩
ゲームが始まって数分後、僕は見事ファーストステージで脱落し、息も絶え絶えになりながら側に設置されたベンチに腰掛けていた。
というかさっきも座ってたよな僕。
ラウンドワンに来てやってることが着席とは、陰の者にもほどがあるだろう。
「お前、なかなか、やるじゃねえかっ。でもそろそろ、限界だろ?」
「留流ちゃんこそ、降参を、勧めますぞ……!」
「ハッ、誰が!」
女子二人は相変わらず互いを挑発しつつ続行中だ。
画面に向かって拳銃型のコントローラを構え迫りくるゾンビっぽい敵を撃ち殺しつつ、足元で回転し続けるベルトに置いていかれないよう走り続けている。
仮に転んでしまった場合には身体に結んだベルトと連動している安全装置が作動してランニングマシンが停止し、ゲームオーバーとなる仕組みだ。
「転んでも安心……なわけあるか。大怪我にはならないかもしれないけど普通に危ないだろ。そんな中途半端な配慮をするくらいなら作るなよこんなもの……」
よく審査とか通ったなこのゲーム。
あるいは、実は何も審査などしていないのかもしれない。
「いったい企画者は何を考えているんだ……」
顔も知らない誰かに思いを馳せつつ、僕は背もたれに体重を預けた。
正直暇だが一人でスマホを触っているのもアレなので、しょうがなく女子二人の観察を続行する。
「おいおい、そっちはもうあと、一発で死ぬじゃん。ヘタクソかよっ、はっ、はっ」
綺羅子は煽る余裕を見せているようで、その息はかなり荒い。
しかしスコアはかなり良く、被弾も少ない。どうやら彼女は拳銃の扱いが上手いらしい。
そういえば昨日の白鳥との戦いでも銃を使っていたっけか。
彼女の額から頬へと伝った水玉は走る振動で振り落とされて星になり、セーラー服はもう手がつけられないくらい湿って張り付いている。
不良の生きた化石じみた丈の長いスカートで走っているのも驚きだが、こんなに汗をかいているとその内部も大変なことになっていそうだ。
「……」
分かっている。
こんなことでいやらしさを感じる方が悪いと。
だが、それなら僕は悪でいい。そう思える光景だ。
とはいえこれ以上酸欠に喘ぐ綺羅子の声を聞いているといよいよ性癖に深刻なダメージを負いそうだったので、僕は隣にいるフェルナンデスへと視線を移した。
「留流ちゃんも体力が限界のようですねえ? 私としましては、このまま防御に徹して走り続けたって良いのですぞ。身体を壊す前に、負けを認めたらいかがですかなっ」
フェルナンデスは綺羅子と比較するとまだ体力的な余裕がありそうだ。
要因は深く考えずとも、その長い脚による大きい歩幅だろうと分かる。綺羅子が二歩進む距離を彼女は一歩で跨げそうだ。
一方で射撃スコアは低め。そりゃそうだろう、彼女はモンハンすらやったことがないほどアクションが下手だ。
本人が強がっていたので、僕からはあえて言いはしなかったが。
で……彼女の身長は二メートルあり、着ているのはキャミソールに短パン。
それが汗だくで走っているうえ、安全装置用のベルトのせいで大きい胸はより強調されてばるんばるん弾んでいる。
幼馴染相手に失礼だと分かっていても、煩悩を意識の外へ追いやるのは不可能だった。
「ハッ⁉︎」
そして電撃的に気がつく。そういうことだったのか。
「このゲームの企画者何考えてんだって思ってたけど、もしや、この光景を見るため……?」
「あ、ちょっ、待って待って待って!」
「よっしゃうおわっ⁉︎」
目のやり場に困りすぎた僕の脳がとうとう壊れた結論に達しそうになったその時、二台の筐体からほぼ同時にゲームオーバーを知らせる音が響き渡った。
「うう、あの配置は酷すぎる……走りながら四箇所同時に撃てとか無理すぎ……」
「はっ、はっ、はっ、ははっ! スコア差で、あ、あたしの、勝ちっ! はっ、はっ」
止まったランニングベルトの上にへたり込む巨女。
足がもつれてすっ転んだまま笑う不良女。
決着はついた。綺羅子が勝ったっぽい。
「息も絶え絶えとはまさに、今のあなたのことですなぁ、留流ちゃん。立てますか?」
「へっ、うるせえ。お前の手なんか借りなくても……だ、だめだ脚が……」
「ここで強がる意味はありませんぞ。手をお取りください、あちらのベンチで休みましょう」
「……それじゃ、よろしく」
脚をガクガク振るわせる綺羅子をフェルナンデスが引っ張って立たせた。
互いに顔を見て力無く笑い合っている。
あんなにいがみ合っていたのに、もう友情が芽生えたのだろうか。
それはともかくとして、今あの二人に近寄られると色々まずい。
僕も健全な青少年なので、なんというか色々クールダウンする時間が必要だ。
「大統領、お待たせいたしました! お隣に失礼……」
「二人とも仲良くなったみたいで良かった。ああそうだ飲み物を買ってくるよ、二人とも疲れているでしょそれに僕も喉が乾いているんだここのベンチに座るといいじゃあ待ってて」
「どうして棒読みで全力で目を逸らしながらそんなにも足早にっ⁉︎」
三十六計逃げるに如かず。
実のところ言葉の意味はよく知らないが、要するにこういう場面では意地を張らずに逃げた方が良い、という意味に違いない。
僕は深呼吸しつつ、ひとまずトイレに行って用を足し、手を洗って、少し憚られたが顔を冷水で濡らしてハンカチで拭い、もう一回深呼吸して、自販機でやけに高いミネラルウォーターを三本買い、そのうちの一本をその場で飲み干して、トドメに深呼吸をして気分を落ち着けた。
煩悩は消えた。
お腹がタプタプと不快感を訴え始めたが代償としては安いものだ。
「……よし」
僕の心の平穏を守るためにも、戻る前に綺羅子たちが汗だくなのを何とかする算段をつけたい。
改めて周囲を観察してみると、飲み物の自販機の他にフリーサイズのロゴ入りTシャツにタオル大・小が売っている自販機を発見した。
今回の来訪はいきなり決まったから、おそらく二人は着替えもタオルも持っていない。逆に言えば、これがあれば着替えられるか。
「しょうがない、買っていこう」
安くはなかったが、僕は着替えとタオルを二人の分購入して例の珍妙な筐体へと戻った。
「ねえ、君らかわいいね、一回見たら覚えてると思うんだけどなぁ。もしかして内地人?」
すると、ビックリするくらいテンプレまんまなナンパ野郎がベンチに座る二人に絡んでいた。
ドンキの染髪料で染めたっぽいギラギラの金髪にピアス。なんと鼻にもついている。
「あの、迷惑です……」
「え? 聞こえないよ? てかヒマなんだったら俺んち来る?」
フェルナンデスは怯え切って、鼻ピ野郎に押され気味だ。
一方で綺羅子は何を考えているのか、面倒くさそうにスマホを眺めている。
つまり残るは僕だけ。
こういうのに遭遇するのは初めてだが、やってみるしかなさそうだ。
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