第十六話 ゲーム勝負
「これで、終わりだっ!」
カキィン! と硬質な快音が響き渡り、金属のバットに打ち返された球が壁面上部に設置された板を勢いよく叩いた。
綺羅子のホームラン数、十球中八球。
「よぉし! バッティングはあたしの勝ちだなぁ!」
「くっ……! 私だって身長に合ったストライクゾーンを設定できていればあなたなぞ!」
「いくらなんでも二メートルの巨人は想定されてないだろうからな。正直予想できてた」
「なっ! ではあなたはそれを知っていてバッティングを指定したのですか⁉︎ 卑怯! 卑怯ですぞ! スポーツマンシップを珊瑚島に置き忘れてきたのですか!」
「お前だってさっきのフリースローじゃほとんど不正行為みたいなもんだっただろうが!」
「……」
二人がぎゃーぎゃーと言い合う横で、僕はついに一球も打ち返すことなくその役目を終えた金属バットを黙って見つめた。
おかしいな、一応体育は真面目にやっていたつもりなんだけど。
「んで、紗人はまた一球も打てなかったと」
「うるさいな……君らが、打ちすぎ、なんだよ」
「息も切れていますな。力みすぎですぞ大統領。まずは軽く振って当てるだけでよいのです」
「そんなんで、当たる方が、おかしいよ、はぁ、はぁ……」
僕は近くにあったベンチに腰を下ろしてなんとか息を整える。
「まあ紗人が運動音痴なのはこの際いいとして……あたしらはまだ三対三、だよな?」
「クライミング三本勝負と卓球マシンは私の勝ち、的当てサッカーとボウリングは留流ちゃんの勝ち、確かにまだ同点ですな」
「んで、あたしらの勝負は何回勝負か決めてなかったわけだけど……次の一回で決着にしよう。あたしはまだまだいけるが、紗人がもう限界だ」
「丁度七回目でキリも良いですし賛成です。まあ、私もまだまだまだ大丈夫ですけど」
女子二人は相変わらず妙なところで張り合っている。
双方額に汗を滲ませてはいるものの、その表情を見るに空元気というわけでもなさそうだ。
「じゃあ最終戦の種目はあたしが決めさせてもらうぞ。ついてこい。紗人もほら、立てよ」
「……ありがとう」
僕は綺羅子が笑顔で差し伸べた手を取り立ち上がる。
ぺたっ、と手汗で湿った感覚がした。
「……」
歩き出した綺羅子についていきつつ、僕は先ほど彼女の手を握った右手を見つめた。
こう言ってしまうと失礼だが、綺羅子は思ったよりも手が柔らかく、温かかった。
昨日の経験から痩身の彼女に硬い印象が残っていた僕は完全に意表を突かれてしまった。
(なんというか、ドキドキする質感だったな。手汗が、こう……いや、やめとこう)
我ながら変態すぎる思考だ。
具体的に言語化することでそれが脳に刻まれて消えない傷になりそうで、僕は自ら思考を打ち切った。
もちろん本人にも伝えない。失礼すぎる。
「……!」
というかなんでさっきからフェルナンデスは僕を見て目を丸くしているのだろう。
まさか思考が読まれているのか? いやいやそんな……と考えたところで、僕は無意識に右手をにぎにぎと動かしてしまっていたことに気がついた。
これは誤解なんだ! と釈明したところで意味がわからないだけだ。
僕はそっと手を鎮めて平静を装った。
心の傷に関して言えば、実はもう手遅れなのかもしれなかった。
「そ、それで、最終戦はスポーツじゃないのですか?」
僕のことはそっとしておくことにしたらしいフェルナンデスが綺羅子に話題を振った。
前を歩く綺羅子は振り向き、ニッと笑って「意外か?」と応えた。
「さっき見て回った時にさ、ゲームコーナーにちょうど良さげな新型ゲームがあったんだよ。せっかくのラストだから変わったやつでもいいだろ? ちゃんと三人でできるやつだ」
「あの、なぜ僕も引き続き競技に参加する運びとなっているのでしょうか」
「皆で遊んでるんだから当然だ。それにお前どうせゾンビ撃つやつとか好きだろ、たぶん」
「純然たる偏見を向けてくるじゃん、君に趣味を共有したことなかったよな?」
「嫌いなのか?」
「まあ、有名どころのシューターは一応触ったことがあるというか好きってほどじゃないけど苦手ではないというか……」
「じゃあ合ってるだろ」
「ぐぅ」
このヤンキー女、今回は勝ちを譲ってやるけど僕だって同じことができることを忘れるなよ。
えーっと、雨の日に子猫とか拾ってそう。授業をサボって屋上にいそう。実はファンシーグッズが好きとかそういうギャップがありそう。
「ふふふ、良いのですかな留流ちゃんどの。私と大統領にゲーム勝負なんか挑んで」
「お前も得意なのか? ゾンビ撃つやつ」
「ふっふーんよくぞ聞いてくれました!」
フェルナンデスは張った胸をどんと叩いた。
背丈も相まってめちゃくちゃ迫力がある。
「何を隠そう私と大統領は共に切磋琢磨するゲーム仲間でもあるのです! 離れた地に居ようとインターネットは繋がっている。去年の暮れも、うわべだけは甘いことを囁きつつ互いの領地を貿易摩擦で温め合うホットな年越しをしたのです!」
「ん、なんかえっちな話になってるか今?」
「まあどちらかといえばシミュレーションがメインで、シューターゲームはそんなにやった記憶はないのですが……ともかくゲームに関して私と大統領に一日の長があるということ! ちょっとやそっとで揺らぐ絆ではないのですぞ!」
「へぇ、よく分かんなけどやっぱゲームが得意なんだなお前ら」
「やっぱ、と言うのは偏見なのでは」
「合ってんだからいいだろって。それになんか得意になってたけど、果たしてアレを見ても同じことが言えるかな……?」
「アレって……ああっ!」
綺羅子は前方に設置されている、誰も並んでいない巨大な筐体を指差して笑った。
フェルナンデスが悲鳴のような声をあげ、僕も唾を飲み込んだ。
なんか、見慣れたゾンビゲーっぽい画面と銃型コントローラの前に、ランニングマシンがあるように見えるんですけど。
「このゲームな、実際に走りながら銃でゾンビを倒すゲームらしいぜ。最初のステージは一キロで、最後まで通すとフルマラソンと同じくらいの距離になるってさ。最大四人プレイだからあたしら三人でできるし、勝ち負けはハッキリしてる。どうだ紗人、面白そうだろ?」
「死ぬって」
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