第十五話 沖縄県にサイゼリヤはありませんぞ
タクシーが他の車のスピードに乗り始めても車内は静かなままで、綺羅子のバイクで聞いたようなエンジン音はしなかった。
どうやら電気自動車らしい。
「えー、それでは改めて紹介させていただきますが」
僕は仕方なく、自ら静寂を破った。
「こちら、小橋川・フェルナンデス・アンヘラ。僕の幼馴染だ」
「大統領とはもう十年来の付き合いですな! 久方ぶりの再会にはなりましたが、このフェルナンデス、心はいつだって大統領の傍におりました。大統領のお知り合いなら、まあ留流さんも友人のようなものです。お気軽にフェルナンデスとお呼びください」
「そしてこちら、留流綺羅子。僕の許婚……は保留中。今は護衛ということになっている」
「紗人の敵はあたしの敵だ。妙なことをしたら、幼馴染でもなんでも容赦はしねえ。それとさん付けはしなくていいぜ、どうせ本島には長くても一週間しか居ねえんだ」
「では遠慮なく留流ちゃんと呼ぶことにしましょうか。よろしくお願いしますぞ」
「ああ、よろしく」
フェルナンデスが差し出した右手を綺羅子が握り返し、僕の前で友好の挨拶が交わされる。
「留流ちゃん。ふふ……あなたにぴったりの、小柄で可愛らしい響きですな」
「フェルナンデスってのも、大昔の図体がデカくてゴツい鎧の騎士って感じがするよな」
握り合った手がギリギリと音を立てるのが聞こえるようだった。
前言撤回だ。
“友好”の挨拶かどうかは、だいぶ怪しい気がする。
「そ、それでフェルナンデス、宿はどうしてるんだっけ。秘密と言っていたけど、僕に加えて綺羅子が増えてもよかったということはシェアハウスみたいなやつかな。お金のこととか気になるし、そろそろ教えてくれてもいいんじゃないか」
車内で殴り合いが始まる前に、僕は多少強引に話題を変えにかかった。
「それもそうですな。なに、特別なものじゃありませんぞ。私のおばあちゃんの家です」
「えっ、じゃあおばあちゃんはどこに……」
「失礼、言葉が足りていませんでした。正確にはおばあちゃんが以前暮らしていた古民家で、今は父が民泊にしているのです。だからシェアハウスというのもあながち間違いではありませんな。おばあちゃん本人は新都心のタワマンで悠々自適に暮らしているので心配はご無用」
「ああ、なるほど」
いきなり友人の祖母の家に上がり込むのかと身構えていた僕はふぅと安堵の息を吐いた。
「父親が経営している民泊、タワマン……フェルナンデス、さては結構金持ちだろ?」
そして綺羅子が続けて、僕がちょっと気になったことを言ってくれた。
「今日会った人間にいきなり聞くことがそれとはなかなか攻めてますな。でもまあ、そうですね。父は他の施設も経営していますし、裕福な方ではあるでしょうな。相対的に」
フェルナンデスは少し退屈そうに答えた。
しかしなんというか、子供の頃からフェルナンデスは父母が忙しくて家にいないと散々言っていたし薄っすら察してはいたけど、こうハッキリと示されると改めておぉ……となる。
驚きはしないが、感服してしまうというか。この感覚、分かるだろうか?
と、そんな僕の心を読んだのか、フェルナンデスはハッ⁉︎ と何かに気づいたような反応をして、僕の両肩に手をかけた。
「大統領! だからと言って、私を見る目をイヤミな金持ち向けのソレに変える必要はありませんぞ! 父母祖父母がそうというだけであって私自身は至って庶民的な感覚を持ち合わせております。あくまでも大統領とその他一名を歓迎するにはそれなりの用意が必要だろうと考えただけで、ランチはサイゼリヤでもジョイフルでも構いませんし、デートは水族館だろうとラウンドワンだろうと大満足、決して普段からお金を湯水が如く垂れ流しているわけでは……」
「そ、そんなに揺さぶらなくても分かってるよ。家のことがどうだろうと君は君だろ」
「プ、大統領ぇ! このフェルナンデス、あなたに一生着いて行きます!」
フェルナンデスは大袈裟にも目に涙を浮かべ、僕の両手を取ってぶんぶんと振った。
しばらく会わない間に感情の振れ幅が大きくなっている気がするが、何かあったのだろうか?
「ちなみに例えで出しただけで、沖縄県にサイゼリヤはありませんぞ。ジョイフルだけです」
何の補足だよ。
なんにせよ沖縄県に来て二日目にして、ようやく落ち着いて観光に専念できそうだ。
「ラウンドワンねぇ。まあお遊びの運動にはちょうどいいよな」
だが今度は綺羅子がよく分からない部分に噛みつきはじめた。
「……何が言いたいのですか、留流ちゃん」
「あ? いやぁ、ラウンドワンでたまに運動っぽいことをして満足する程度の体力なのかなって思っただけさ。そんなんじゃこいつの護衛は務まらないだろうから、やっぱり紗人はあたしが守らないとなってな」
「ハッ、何を言い出すかと思えば、所詮は井の中の蛙、ですな」
なぜか喧嘩腰の物言いをした綺羅子に、これまた何故かフェルナンデスが乗っかった。
「ずいぶん体力に自信がおありのようですが、所詮それもあの島の中で天狗になっているだけなのではないですかなぁ? それにそんなに身体が小さくちゃ、暴漢に立ち向かっても相手を余計につけあがらせるだけでしょう。護衛として話になりません」
「さっきからお前は図体しか誇れるものがないのかよ? 身体がデカいだけのデクの棒なんざいくらでもいる。その点あたしは実戦経験も豊富だ。お前と同じくらい……とはいかないまでも、デカい相手とのケンカなんざ飽き飽きするほどやってきた。少しだけ背が低いからってナメてると痛い目見るぜ」
「ほほう、ならば確かめてみますか? 離島女」
「ああ、望むところだ」
「ちょっと二人とも何を言い争って……」
「「紗人は黙ってて」」
マジでなんなんだよこの二人。逆に仲良しだろもう。
「でもケンカじゃお前がかわいそうだからな。ハンデとして勝負方法は選ばせてやる」
「よろしいのですか? まあ私はどこぞの野蛮人と違って平和主義者ですからな。ここはやはりスポーツでの決着が望ましいでしょう。運転手さん!」
フェルナンデスが運転席に叫ぶと、タクシーの運転手は手を軽くひらひらと振った。
「最寄りのラウンドワンですね? もう向かってますよ、そこの角を曲がればすぐです」
「「ナイス!」」
「もう勝手にしてくれ……」
ここまで来るともはや突っ込む気力も失せてくる。
諦めに身を委ねた僕は睨み合う二人の間で静かに目を閉じ、数分後、タクシーはラウンドワンの駐車場で止まった。
「到着です」
「ありがとうございました!」
「あざっした!」
落ち着き払った運転手の声と共にドアがバカリと開き、フェルナンデスと綺羅子は我先にと降車していく。
特に綺羅子は左側のドアしか開かなかったため、僕を半分踏みつけるようにしてドタバタと出ていった。
嵐が過ぎ去った車内には僕と運転手と静寂だけが残されている。
というかあの二人、料金を支払った形跡がないのはどうなっているんだ。
「あの、料金は……」
「ああ、それを気にしていらしたのですか。事前に貸切分の料金を頂いておりますので大丈夫です。ここで待っていますから、レクリエーションが終わったら戻ってきてください」
「そうだったんですか……今回はご迷惑をおかけしました。まさかあんなに言い争うとは」
「いえいえ、賑やかで楽しかったですよ」
「ならいいですけど……それでは、失礼します」
「両手に花、いいですね。楽しんできてください」
僕の降車直前、運転手は少し笑って言った。
どちらかと言えば彼女らは花というより爆弾な気がするのは僕だけですかね。
言いかけた言葉を飲み込みつつ、僕は綺羅子たちの後を追った。
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