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第十四話 ライオンと象

 身長、たぶん二メートルはあるな……振っている手の指先で天井を触れそうなほどだ。

 背丈以外も強烈だ。

 額にかけた丸いサングラスは陽気な外国人そのもので、肩出しのキャミソールは遠くから見ても分かるほど大きな胸に引っ張られ、少し日に焼けた腹部が露出している。

 その下に履いている短パンなど脚全体の長さからしたらあってないようなものである。

 

 いや、声色やシチュエーションから誰かは分かる。流石に僕の幼馴染のフェルナンデスだ。

 分かるのだが、色々理解が追いつかない。

 だって最後に会った時、あいつ一四〇もなかったぞ……?


「お待ちしておりましたぞ大統領プレジデンテっ‼︎」

「ちょっと待っおぼふ⁉︎」


 一歩がそもそも大きい上に全力で突進してきたフェルナンデスを避けられず、僕はそのまま彼女の胸部に思いっきり突っ込んだ。

 というか、そういうふうに抱きしめられた。


「大統領はお変わりないようでこのフェルナンデス、安心いたしました! さておき、沖縄へようこそ! 長旅の疲れもあるでしょう、さあさこちらへ。タクシーを待たせていますぞ!」

「ちょっと待てお前! 紗人が窒息しちまう!」

「おっとこれは失礼を。私としたことが大統領との再会に感激するあまり、つい」

「ぶはっ」


 唖然と事態を眺めていたらしい綺羅子が介入し、フェルナンデスはようやく僕を抱きしめる力を緩めてくれた。

 酸素に喘いで顔を上げると、少しクールで甘い匂いが肺になだれ込むと同時、巨大な胸の山嶺の向こうでにんまりと笑っている彼女と目が合う。


「久しぶり、紗人」

「う、うん。久しぶり。なんというか、そっちは結構変わったね」

「そういう紗人は全然変わんないね」


 日頃ゲーム中に聞くのとは違う柔らかな声。

 少し低くなっているが昔から雰囲気の変わらないその声を聞いて僕はようやく、フェルナンデスに会いに来たのだと実感した。


「あのさ、再会を祝っているところ申し訳ないんだけど、いったん傍に避けねえか? 到着ロビーのど真ん中だからさ、ここ」


 綺羅子の指摘の通りで、周りを見てみると周囲の人間の耳目は完全に僕らに集まっていた。

 というかほとんど、フェルナンデスに集まっていた。そりゃそうだろうよ。


「あなたが留流るるさん、ですかな?」

「そうだ。紗人に助けられた義理に報いるために護衛をやってる」

「許婚も保留中の、ね」


 フェルナンデスの視線が今度は綺羅子に向いた。

 じぃっと見つめる栗色の目は、その見下ろす高さも相まってそれなりに威圧的だ。

 というか沖縄県では下の名前で呼ぶのが普通と聞いていたんだが、なぜ名字呼びなんだろう。


「え、えっと……」

「さて、後のことは落ち着いてから話しましょうか」


 たじろぐ綺羅子にニコリと笑いかけ、フェルナンデスは僕の手を引いた。


「大統領、先ほども申し上げましたが移動用にタクシーを手配しています。宿に向かいつつ、まずは自己紹介など致しましょう!」

「ありがとうフェルナンデス。色々してもらっちゃって」

「私は当然のことをしたまでですぞ」


 フェルナンデスは少し振り向いて楽しそうに微笑む。


「あなたは私の大統領、そして私はあなたの忠実なるしもべにして真の友なのですからな!」

「ふふ、そのノリも生で聞くのは久々だよね」


 やっぱりフェルナンデスは面白いやつだ。

 色々なものが変わってしまったが、根っこのところは全然変わっていない。

 会いにきてよかったと、僕は心から思った。


 それはそうと、冷静になってくるとさっき起こった一連の出来事がじんわりと僕の心臓の鼓動を早めた。

 女子に抱きしめられたのなんか初めてだったし、何よりね。

 あんなに柔らかいもんなんだ、すごいな。

 死にかけたけどいい時間だった。


「……おい、友達ってのは男じゃないのかよ」


 そんなことを考えながらタクシーの元へと歩く途中、綺羅子が小声で耳打ちしてきた。


「僕は男だとは言ってないぞ」

「フェルナンデスって言ったら男だと思うだろ」

「まあ、ややこしいのは事実か。フェルナンデスってのはミドルネームなんだ。性格もちょっと男勝りなところはあるけど、れっきとした女子だよ」

「いや女なのは一目瞭然だろ。まあ、いいけどさ……」

「いいって、何が?」

「……」


 綺羅子は再び黙ってしまった。まだ船酔いが残っているのかもしれない。

 その後しばらく沈黙が続いたままフェリーターミナルを出ると、片側三車線の大通りにタクシーが一台路駐されていた。

 これがフェルナンデスの用意したタクシーのようで、運転手は彼女をちらっと見てドアを開けた。


「さ、大統領。どうぞお好きな席に。私としては後部座席の一番奥がおすすめですぞ」

「タクシーの席におすすめがあるのかい?」

「噂によれば奥に座るほど偉いとかなんとか」

「僕は肩書き持ちでもなんでもないでしょ」

「謙遜なさいますな大統領。私も隣の席にお供しますから。ご不満ですかな?」

「別に特に拒否する理由もないけどさ」


 僕がフォローを入れるとフェルナンデスの表情がぱっと明るくなった。

 最初の頃はそうでもなかった気がするけど、こいつはわりと考えていることや機嫌が表情に出るイメージがある。


「じゃあ綺羅子は助手席に乗るといいよ」

「は? 嫌だ。なんであたしを助手席に乗せたいんだよ」


 きっぱりと、あるいはばっさりと、綺羅子は僕の提案を即答で断った。


「乗せたいとかじゃないけど……船酔いしてたから、後部座席だと悪化すると思って」

「船酔いはもう治ったし、あたしはバイクにも乗ってんだ。今さら車で酔うかよ。それにタクシーの助手席に乗るのは案内役なんじゃねえかフツーは。なぁ?」


 不機嫌丸出しの綺羅子がじっと見つめる先に立つフェルナンデスは、静かに首を横に振った。


「最近はナビも優秀でしてな、逐一解説せずとも迷うことはないのです。だから留流さんが黙って窓から見る沖縄観光に徹していてもなんの問題もないのですよ」

「あたしは珊瑚島に住んでんだ、今更沖縄の景色なんかに興味ねえよ。それにあたしは紗人を護衛しなくちゃならないんだ。助手席に座ってたらいざという時どうするんだよ」

「いざとなれば紗人は私が真の友としてお守りするに決まっているでしょう。私はあなたよりも紗人のこともよく知ってるし、身体も大きいし!」

「あー言ったなテメェ! あたしはチビなんじゃなくてテメーがデカすぎるんだラテン女!」

「私は正真正銘日本生まれの日本人ですっ!」

「ちょっと、なんで喧嘩になってるのさタクシーの席ごときで」


 僕は今にも取っ組み合いが始まりそうな二人の間に割って入った。

 困惑と恐怖が入り混じったような不思議な気分だ。

 殺し合いを始める寸前のライオンと象を仲裁するとしたら、似たような気持ちになるんじゃないかな。


「要するに君らは助手席に座りたくないんだろ。だったら君らが後部座席で僕が助手席に」

「「それは絶対に嫌」」

「なんでそこだけ息ぴったりなんだよ……」


 女子同士打ち解けるかもと期待していたが、なんだか裏目に出ている気がする。


「じゃあせめて綺羅子を真ん中にしよう。背も一番低いし」

「あたしの背なんかお前とさして変わらねえだろ」

「そうですぞ大統領。こうなればあなたが真ん中に座るべきですな!」

「二人がそれで納得するなら僕はもうなんでもいいよ……」


 紆余曲折の末、僕らは後部座席に奥から綺羅子、僕、フェルナンデスの順番で乗り込んだ。

 二人は満足げだったが、真ん中に乗り込んだ僕からは運転中の呆れた顔が見えてしまった。

 謝罪の意味で軽く頭を下げると、運転手はバックミラー越しに苦笑し、タクシーを発進させる。

読んでいただきありがとうございます!

遅くても3日ごとに更新予定!

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