第9話 ふたりと、風の地図
朝の光が、木の葉のすき間から差し込んでくる。
レイが起きる気配で、私はうっすらと目を開けた。
森の中の小さな洞窟で過ごした二度目の朝。
昨日よりも、少しだけ空が近く感じられる。
「おはよう、エリィ。今日はね、探しものをするよ」
レイは私を優しく抱き上げると、にっこり笑った。
「お父さんが昔言ってたんだ。森の奥に“風の地図”があるって。風の音に耳をすませば、道に迷わないって」
“風の地図”?
それが何なのか私はわからないけれど、レイの声が楽しそうだったから、うれしくなった。
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森の中は静かだった。
小さな鳥たちが枝から枝へと飛び、どこかでせせらぎの音がする。
レイの足音だけが、草の上をさらさらと揺らしていた。
「ほら、聴こえる?」
レイは立ち止まって、耳に手をあてる。
「……ふふ、そっちだって。行ってみよう」
森に風が吹くたびに、葉の音がささやくように響く。
レイはその声を聴くように、慎重に、けれど迷いなく歩いていく。
私には風の言葉はわからない。
でも、不思議と怖くなかった。
レイの背中にくっついているだけで、どこまでも行けそうな気がした。
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やがて、木々の間にぽっかりと開けた空間が現れた。
そこは広場のようになっていて、真ん中には一本の大きな木。
「……ここ、きっと風の地図の場所だ」
レイはそっと私を地面に座らせると、大きな木の根元を見上げた。
すると、その木の幹には、無数の風車が取り付けられていた。
赤、青、緑、そして金色のものまで──
風が吹くたびに、それぞれの風車が違う方向にくるくると回っている。
「これが……地図?」
レイがつぶやく。
「……あ、わかった。風車が回る向きで、風の流れがわかるようになってるんだ。きっと、旅人の目印だったんだよ」
レイは小さな声で感嘆しながら、風の動きに目を凝らした。
「すごいね、エリィ。これを作った人がいたんだ。誰かが、“迷わないように”って、残してくれたんだね」
私は小さく手を動かした。
なぜだか、胸がじんとした。
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しばらくその場所で風を感じたあと、レイは私を抱き上げて立ち上がった。
「この風が教えてくれるよ。まだ先に、道があるって」
その背中は小さいけれど、確かなあたたかさがあった。
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帰り道、レイが木の枝で簡単な風車を作ってくれた。
小さな布切れで羽をつけて、私の手にそっと持たせてくれる。
風が吹くたび、くるくると回るそれを見て、私は思わず声にならない笑いをこぼした。
「うん、エリィの冒険道具だね。ふたりで、少しずつ集めていこう」
そう言ったレイの横顔が、ほんの少しだけ大人に見えた。
私は風車を見つめながら思った。
──風が教えてくれる。
わたしは静かに、でもわくわくしていた。