第8話 すてきなもの
一晩が明けた。
森の中を進んでいたとき、偶然見つけた小さな洞窟。
冷え込む夜だったけれど、レイが焚き火を作ってくれたおかげで、私は寒くなかった。
彼の腕にくっつくようにして眠った。
この体になってから、はじめてぐっすり眠れた気がする。
「……起きた?」
レイの声が聞こえて、そっと目を開けた。
焚き火はまだかすかにくすぶっていて、灰の向こうでレイがこちらを見ていた。
「おはよう、エリィ」
私の顔を覗き込むように、笑ってくれた。
胸の奥が、じんわりとあたたかくなる。
この世界には、魔物がいる。
だからこそ、レイはまだ子どもなのに、生きる術を知っていた。
たぶん、お父さんとお母さんが教えてくれたのだろう。
火の起こしかた、森での過ごしかた、危険から身を守る方法。
「エリィ、先へ進もう。この先へ行けば村があるはずだよ」
私はこくりとうなずく。
レイが持っていた小さな布にくるまれて、彼の腕にだかれると、まだ赤ちゃんの私は何もできないけれど、それでも「進む」気持ちは胸の中にあった。
森を抜ける道は、昨日よりもほんのすこし明るく見えた。
鳥のさえずりが戻ってきて、陽の光が木漏れ日になって足もとを照らしてくれる。
「今日は……ね、キイロタケを探そうと思ってるんだ」
「……きいろたけ?」
もちろん私は言葉にできないけれど、レイは笑いながら説明してくれる。
「うん。すっごくきれいな黄色いキノコなんだよ。食べると甘くて、疲れもとれるって言われてる。お母さんが昔、教えてくれたんだ」
レイの目が、ちょっとだけ遠くを見ている。
それが誰かを思い出している顔だと、私は不思議とわかった。
⸻
しばらく歩くと、小さな川のせせらぎが聞こえてきた。
「……ここ、たぶんキイロタケがあると思う!」
レイが嬉しそうに声をあげる。
彼は木々の根元や倒れた切り株を見てまわり、しばらくして──
「あった!これだよ!」
本当に、レイの手にはちいさな黄色いキノコが握られていた。
太陽に透けるようなその色は、どこか魔法のかけらみたいで、私はじっと見とれてしまった。
⸻
「エリィ、きれいだね」
レイがそう言って、私にキノコを見せてくれる。
私はきゅっと小さな手を伸ばした。
触れることはできなかったけれど、レイがその様子を見て、ふふっと笑った。
「うん、元気になるといいね」
この世界のことは、まだよくわからない。
でも、レイと一緒にいると、ひとつずつ“すてき”を見つけていける気がした。