第7話 夢の声
眠っていたはずなのに、
どこか遠くで誰かが名前を呼ぶ声がした。
誰だろう。なぜだか、とても懐かしい気がした。
――レイ。
風のようにかすれて、けれど確かに、誰かがそう呼んだ気がした。
夢の中は暗くて、空も地面もわからない。ただ、どこか浮かんでいるような感覚だけがあった。
その声は、静かに、でも確かに響いた。
「……おまえは、知っているはずだよ」
レイは何かを言おうとしたが、口が動かない。問いかけようとしても、声は霧のなかで消えていった。
「思い出して。あの子を、守るために」
言葉が胸の奥に深く沈んだ瞬間、レイははっと息を呑んで目を覚ました。
焚き火はすっかり消えていた。
夜の森は冷えていて、レイは体を起こして辺りを見回す。
布にくるまれた小さなエリィが、静かに眠っている。
寝息は浅く、ふにゃ、と小さく喉を鳴らした。
まだ、ほんの赤ん坊だ。けれど、なぜだろう。
レイはその顔を見ていると、不思議な安心感と、どこか切ない想いに胸がぎゅっとなった。
「……夢のせいか」
誰かが、自分の名前を呼んでいた気がした。
あの声は、彼女の声だったのだろうか。あるいは、もっと遠い誰かの……。
そのとき――森の空気が、わずかに揺れた。
ざわ……ざわ……。
風が吹いていないのに、木々の葉が微かに揺れたような気がした。
ふと耳を澄ますと、鳥の声がしない。小動物の気配もない。
レイは顔をしかめ、エリィのそばに戻った。
抱き上げると、エリィはむにゃっと目を閉じたまま、彼の胸に小さな手を伸ばしてきた。
「……大丈夫。ここにいるから」
誰に向けた言葉かわからないまま、そうつぶやくと、レイは夜の森を見つめた。
遠く、木々の奥に、光がひとつ瞬いた気がした。
夜明けが近づいていた。
けれどこの森には、まだ静かなざわめきが残っていた。