第一話:召喚の失敗?現れたのは高校時代の先輩だった
大学生活に特に目標もなく、毎日をただ無為に過ごしていた知念翔太。休日、アパートでネットサーフィンをしていると、ふと「召喚術」という怪しげなサイトが目に入った。
「異世界召喚…?くだらねぇ。でも、暇つぶしにはなるか。」
適当に部屋の中を片付け、サイトの指示通りに紙に魔法陣らしきものを描く。もちろん、本気で信じているわけではない。ただ、何か変わったことが起こればいいと思っていただけだ。
「えーっと、『我が呼び声に応えよ』っと…。」
何の期待もせずに呪文を唱える翔太。しかし次の瞬間、部屋の中が眩い光に包まれた。
「えっ!?な、なんだこれ!?」
光が収まると、そこには一人の女性が立っていた。短めの髪にスポーティーな雰囲気。そしてその顔は…見覚えがある。
「…奈々子先輩?」
目の前に立っていたのは、高校時代の女子陸上部員で二つ上の先輩、佐藤奈々子だった。翔太は驚きで口を開けたまま固まる。
「えっ?ここ…どこ?翔太君?」
奈々子も状況が飲み込めない様子で周りを見渡す。彼女は確かに異世界でも何でもない、この現実世界から召喚されてしまったようだ。
その直後、翔太と奈々子が眩い光に包まれた次の瞬間、二人は見知らぬ場所に立っていた。周囲を見渡すと、古びた木造の小屋の中。窓からは見たこともない景色が広がっている。
「俺の部屋はどこ行ったんだ!?」
「これってもしかして…異世界?」
翔太は慌てて小屋の中を歩き回り、壁や床を叩いてみる。奈々子は冷静に周囲を観察しているが、翔太の動揺ぶりに少し呆れた様子。
「いやいやいや、召喚術って本当に成功したのか!?俺、異世界に来ちゃったのか!?でもなんで奈々子先輩までいるんだよ!?」
「いや、私に聞かれても困るんだけど…。ていうか、これ本当に異世界なの?」
翔太はふと気づく。小屋の隅に見覚えのある家具が置いてある。さらにその奥にはドアが一つ。
「あれ…この棚、俺の部屋にあったやつじゃね?いや待てよ、このドア…。」
翔太は恐る恐るドアを開ける。するとその先には――
「うわっ!?俺の部屋じゃん!!」
ドアを開けた先には現実世界の翔太の部屋がそのまま広がっていた。奈々子も驚いてドア越しに覗き込む。
「えっ!?どういうこと?ここ異世界じゃなくて、翔太君の部屋と繋がってるだけなの?」
翔太は頭を抱える。
「いやいや意味わかんねぇ!なんで俺の部屋とこんな怪しい小屋が繋がってんだよ!?しかもこの景色、どう見ても異世界っぽいし…。」
奈々子は苦笑いしながら窓から外を眺める。
「確かに外は異世界っぽいけど…この小屋だけ妙に現実感あるね。ていうか、この状況どうするの?」
翔太は混乱しながらも、とりあえず現実世界に戻ろうとする。しかし足を踏み入れるとまた眩い光が発生し、小屋へ逆戻り。
「なにこれ!?行ったり来たりできるってことか!?これ便利なのか不便なのか分からねぇ!!」
奈々子は冷静な表情で呟く。
「まあ、少なくとも私たち完全に異世界に閉じ込められたわけじゃないみたいね。それなら何とかなるんじゃない?」
翔太は呆然としながらも、とりあえず部屋と小屋を行ったり来たり試してみる。その度に光が発生し、ギャグじみた展開になる。
「うおっ!また光った!先輩、これ絶対隣人とかに怪しまれるやつだよな!」
「まあ、召喚術なんて試すからこうなるんだよ。」
異世界と現実を行き来する奇妙な状況に慣れ始めた翔太と奈々子。ひとまず小屋の中で落ち着いた二人は、状況を整理しながら話をすることにした。
「ねえ翔太君、少し聞いてもいい?高校時代、私のこと覚えてる?」
翔太は少し戸惑いながら答える。
「えっと…奈々子先輩のことは陸上部で活躍してたのは知ってるけど、直接話した記憶はあんまりないんだよな…。それに俺、高校時代はあんまり目立つタイプじゃなかったし。」
奈々子は微笑みながら翔太をじっと見つめる。
「そう。でもね、翔太君には私が忘れられないくらい感謝してることがあるの。」
翔太は首をかしげるが、その言葉を聞いた瞬間、ある記憶が頭の中によみがえった。
回想 3年前
3年前、高校時代。学園のイケメンが女子陸上部員に告白する場面を偶然目撃した翔太。しかしその告白は断られ、イケメンは逆上して無理矢理迫ろうとした。その瞬間、翔太は無我夢中で飛び出した。
「おい!やめろよ!」
イケメンに向かって叫びながら突進する翔太。なんとか女子陸上部員を逃がすことには成功したものの、逆上したイケメンにボコボコにされてしまう。
その後、翔太は付き合っていた彼女にも「ダサい」と言われて振られてしまった。傷だらけで帰宅した翔太は、自分の無力さを痛感しながら呟いていた。
「陸上部のお姉さん、大丈夫だったかな…。俺、もっと強ければよかったのに…。」
気づけば涙がこぼれていた。自分ではどうすることもできない状況に悔しさだけが残った。
現実に戻った翔太は、その「陸上部のお姉さん」が目の前にいる奈々子だったことに気づく。
「まさか…奈々子先輩?あの時助けた人って…先輩だったんですか?」
奈々子は静かに頷く。
「そう。あの時、本当に怖かった。でも翔太君が助けてくれたおかげで逃げることができた。本当にありがとう。」
翔太は驚きと恥ずかしさで顔を赤くする。
「いや…俺なんて全然強くなかったし、結局ボコボコにされただけで…。むしろ情けないところしか見せてないですよ。」
奈々子は優しい笑顔で答える。
「そんなことない。あの時勇気を出して助けてくれたことがどれだけ大きかったか…。それ以来、いつか翔太君の力になりたいって思ってた。」
翔太はその言葉に胸が熱くなる。自分が無力だと思っていた出来事が、誰かにとって大きな意味を持っていたことに気づき始める。そして、この異世界と現実を繋ぐ奇妙な状況も、何か意味があるような気がしてきた。
奈々子の言葉を聞いた翔太は、胸の奥が熱くなるのを感じていた。高校時代、自分が無力だと思っていた出来事が、実は誰かにとって大きな意味を持っていた。それに気づいた瞬間、翔太は感情を抑えきれなくなった。
「俺…俺、ずっと情けない奴だと思ってたんです。あの時も何もできなくて、ただ無我夢中で突っ込んで…。結局ボコボコにされて…。」
奈々子は静かに翔太の言葉を聞いている。その優しい眼差しが、さらに翔太の心を揺さぶる。
「それだけじゃなくて…付き合ってた彼女にもダサいって振られて…。俺、本当に何もできない奴だって思ってたんです。でも…先輩がそんなふうに言ってくれるなんて…。」
翔太の声が震え始める。そして次の瞬間、涙が溢れ出した。
「うっ…うぅっ…俺、本当に無力だったと思ってたんです…!でも…でも先輩が助かったなら、それだけでよかった…!」
翔太は顔を両手で覆いながら号泣する。奈々子は驚きながらも、そっと彼の肩に手を置いた。
「翔太君、泣いていいんだよ。あの時あなたがしてくれたことは、本当に勇気ある行動だった。自分を責める必要なんてない。」
奈々子の言葉にさらに涙が止まらない翔太。普段無気力な彼からは想像もつかないほど感情を爆発させている。
「先輩…俺、本当に何もできない奴だと思ってたけど…。でも今、少しだけ自分に自信持てそうです…。ありがとう…本当にありがとう…!」
奈々子は優しく微笑みながら頷く。
「あの時助けてもらったこと、一生忘れないよ。」
しばらく泣き続けた翔太。涙が落ち着くと、彼は少し照れ臭そうに顔を拭きながら笑った。
「なんかすみません…こんなところで号泣しちゃって…。先輩に変なところ見せちゃいましたね。」
奈々子は笑いながら答える。
「いいんじゃない?こんな素直な翔太君を見るのは初めてだから、ちょっと新鮮だったよ。」
こうして二人の間には以前よりも深い絆が生まれた。異世界と現実を繋ぐ奇妙な状況の中で、翔太は少しずつ変わり始めている。そして、この変化が新たな物語への扉を開いていく――。