⑦話 織田の血と小谷の古寺 後編
私は縁側に立って、琵琶湖の遠い水音を聞いてた。
秋の空は薄い灰色で、静かな湖面に映る景色が寂しさを増してた。
小谷城が焼け落ちてからの日々は、母上様の言葉に支えられてるけど、心が落ち着かない。
母上様は私を座敷に呼んで、織田の血の意味を何度も話してくれた。
ある朝、朝食の後に母上様が私とお初をそばに呼んだ。
お初は眠そうな目をこすりながら座った。
母上様が、
「茶々、お初、織田の血は私たちを守る盾でもあり、狙われる鎖でもあります」
と静かに言った。
「母上様、盾と鎖って、どういう意味ですか?」
訪ねると、母上様が私の目を見て、
「織田信長の妹である私がそなたたちを育てております限り、織田家の名がそなたたちを守ってくれます。
でも、その血を欲しがる者たちにとっては、私たちは手に入れたい宝です。たとえば、羽柴藤吉郎はそのようなことを考えております」
「羽柴藤吉郎か・・・・・・。あいつ、ほんとしつこいですね」
「そうです、茶々。彼はそなたを手にすることで、織田家の力を利用しようとしております」
お初が、
「母上様、私も、そういう人たちに狙われるの?」
小さく尋ねた。
母上様が優しく微笑んで、
「お初、そういうこともあるかもしれません。そなたにも織田の血が流れておりますから、欲しがる人がいるかもしれませんね。でも、心配しなくてもいいのです。私がそばにいて、そなたたちを守ります」
と穏やかに言う。
お初は、
「うん・・・・・・。母上様がいるなら、大丈夫」
私は、
「母上様、伯父上様はどうして小谷城を焼いたんですか?」
聞いてみた。
わかっているがお初にもわからせるために。
母上様が一瞬目を伏せた。
「茶々、兄上様の志は天下です。私やそなたの幸せより、大きな夢を選びました。浅井長政との結びつきも、その夢のための一歩でした。でも、それが小谷城を焼くことになったのです」
私はその言葉に、複雑な気持ちが胸に広がった。
「母上様、それって…。伯父上様のせいで父上様が死んだってことですか?」
お初が聞いた。
「そなたがそう思うのも無理はありません。でも、長政様は自分の誇りを守るために戦いました。兄上様に抗うことは難しいと知りながらも、長政様・・・・・・父上様には彼の道があったのです」
お初は、
「良くわかりません・・・・・・。父上様に会いたい」
「そうですね。茶々、お初、父上様はそなた達をとても愛しておりました。そなたを守るために私に託したのです。私は母ですが父ともこれからは思いなさい」
お初が、
「母上様、私たち、これからどうなるんですか?」
「それはまだわかりません。でも、私がそばにいます。そなたたちを守ります」
私は、
「うん・・・・・・。母上様がいてくれるなら、なんとかやっていけます。そうですよね?お初」
「はい、姉上様が言うとおりです」
「そなたたちは強い子たちです。一緒に生きていきましょう」
羽柴の手勢は日を追うごとに大胆になっていった。
贈り物がどんどん増えてきた。
ある日、古寺の庭に菓子や布が山みたいに積まれてるのを見つけたよ。
私は母上様に駆け寄って、
「母上様、これ、どうしますか?」
聞くと母上様が、
「受け取りませんよ、茶々。彼らの手には触れません。それが私たちの生き方です」
お初は菓子を見ながらだったが、
「うん、もったいないけど、母上様がそう言うなら何か理由があるんですね」
「そうですよ、お初。これを受け取れば、彼らの思うつぼです。私たちは浅井の血を守るためにも、誰にも屈せず生きるのです」
お初が、
「母上様、菓子・・・・・。美味しそうだけど、いらない」
と呟くと母上様はお初の頭を優しく撫で褒めていた。
私は、
「羽柴と言うの者は、ほんと気持ち悪いですね」
「あの者は誰よりも野望が強いのです。私もその昔そう感じました、彼は織田の血を欲しがっております。そなたを手にすれば、織田家の力の一部を手に入れたも同然です。それが彼の野望の一部なのです」
「私、そんな価値あるんですか?」
「そなたにはまだ分かりにくいかもしれません。でも、織田の血は彼らにとって宝です。
だからこそ、私たちは気をつけなければなりません」
その後も、羽柴の手勢はしつこく贈り物を送ってきた。
ある朝、古寺の門前に立派な箱が置かれてて、中には綺麗な服が入っていた。
でも、母上様はそれを見ても表情一つ変えず、
「そのままにしておきます」
ある夜、古寺の外でまた馬の音が響いた。
私は窓からそっと覗いたけど、暗くてよく見えない。
でも、羽柴の手勢が近くにいる気配がしたよ。
私は母上様に、
「また来てるみたい。ほんとしつこいですね」
「そうです、茶々。でも、私たちは彼らの思惑に負けません。そなたたちを守るために、ここにいるのです」
「母上様、前田様ってどんな人なんですか?本当に信用出来るのですか?」
「前田又左衛門利家は信頼できる男です。若い頃私が惚れてしまった男ですから・・・・・・」
少し笑顔を見せながら言った。
「そうですか、前田様なら信じられるんですね。母上様がそう言うなら、私も頼りにします」
お初も、
「母上様、私も前田様を頼っていい?」
「お初もです。彼らはそなたたちをただの血として見ません。人として見てくれるはずです」
その言葉に、私は少し安心した。
古寺の夜は静かで、琵琶湖の水音が遠くから聞こえてくる。
その音に耳を傾けてると、少しだけ心が落ち着いたよ。