④⑨話 初めて茶を点てる
数日後、私は母上様と千宗易の屋敷を訪ねた。
通された場所は屋敷広間ではなく庭に造られた簡素な小屋と呼んでよいような建物だった。
襖を開けると、そこには静寂が広がっている。
庭の竹が風に揺れるかすかな音が茶室の静けさをより際立たせている。
畳の感触を確かめながら、一歩ずつ中へ進んだ。
「お待ちしておりました、姫様」
宗易は静かに一礼した。
私は緊張しながらも、その穏やかな眼差しに安心感を覚えた。
「今日は、姫様にもお手伝いいただきたいと思います」
宗易の言葉に、私は驚きと喜びが入り混じった表情になった。
「私が?」
「はい。お茶を点てることは、心を整え、相手を思いやることにつながります」
宗易はそう言って、茶杓を私の前に置いた。
私は恐る恐るそれを手に取り、抹茶をすくおうとした。
しかし、粉が思うように乗らず、手元がふらつく。
「焦らずに、力を抜いて……茶杓をそっとすべらせるように」
宗易の静かな助言に従い、私は慎重に動かした。
今度はうまくすくうことができた。
抹茶を茶碗に移し湯を注ぐと、湯気がふわりと立ち上る。
その香りに思わず目を閉じた。
「次は茶筅を使って、お湯と抹茶をなじませていきます」
宗易がそっと私の手に茶筅を持たせた。
手首を軽やかに動かしながら泡を立てる。初めての動作に戸惑いながらも、宗易の言葉を頼りに少しずつ手を慣らしていった。
「そうです、力を入れすぎず、流れるように」
やがて、私の点てたお茶が完成した。
「母上様にお出ししてみてはいかがでしょう」
宗易の勧めに、私は茶碗をそっと持ち上げ、母上様の前に差し出した。
母上様は微笑みながらそれを受け取り、静かに口をつける。そ
して、目を細めて頷いた。
「とても美味しいわ、茶々」
その言葉に、胸が温かくなった。
私は嬉しさに頬を緩める。
「お茶の味はその人の心が映るもの。姫様の優しい気持ちが、このお茶に込められております」
宗易の言葉を聞き、私ははっとした。
今まで「茶の湯」とは、ただお茶を飲むだけのものだと思っていた。
しかし、それは相手を思いやる心が表れるものであり、心を落ち着かせるものでもあるのだと気づいた瞬間だった。
この日から、私はますますお茶に興味を持つようになった。
宗易との出会いが私の世界を少し広げてくれたのだった。




