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③⑦話 隠れ遊びの秘密

小太郎とさつきに監視されて過ごす日々が続いていた。


城の中は狭く、どこへ行っても彼らの目が私を追う。


部屋を出れば小太郎が影のようにつきまとい、庭を眺めればさつきがそばで私の動きを見張る。


自由のない生活に、鬱憤がたまるばかりだった。


この小さな守山城は、私にとって牢獄そのものだ。


母上様の言葉が頭をよぎる。


「あなたの軽率な行動が人を死に追いやる」


その言葉が、私に新たな足枷を課した。


小太郎が私の家臣となり、私に何かあれば彼が切腹する。


その責任が、私の心を重く縛っていた。


そんな中、ある日ふと気が付いた。


城内でかくれんぼをすれば、小太郎の目を盗めるのではないかと。


しかも、もし見つかっても、それが遊びの一環であれば、小太郎も切腹にはならないだろう。


そう考えた瞬間、私の胸に小さな火が灯った。


監視の中でさえ、自由を奪い返す方法がある。


私はこれを密かな楽しみとすることにした。


城内の構造を覚え、誰も足を踏み入れない場所を見つけては身を潜めた。


狭い押し入れの中、物音を殺して気配を消すことにも慣れてきた。


埃っぽい暗闇の中で息を潜め、小太郎の足音が遠ざかるのを待つ。


その瞬間、私の心は軽くなり、監視の目を逃れた喜びが湧き上がった。


ある日、そんな隠れ場所の一つで思いがけない話を耳にした。


それは、城の奥まった倉庫だった。


古い道具や埃に覆われた箱が積まれ、普段は誰も近づかない場所だ。


私は押し入れの隙間に身を潜め、埃を吸い込まないよう息を浅くしていた。


その時、近くで城の留守役たちがひそひそと話し始めた。


彼らの声は低く、だが私の耳に届くほど近かった。


「出陣中の織田孫十郎信次の軍からの使いが訪れたそうだ」


「ほう、大叔父殿の無事を伝えてきたのか?」


「ああ、無事らしい。さらに、他の織田一族の軍と行動を共にしているという話だ」


私は耳をそばだてた。


織田孫十郎信次。


大叔父であり、私たちの保護者だ。


彼が長島攻めに出陣していることは知っていたが、他の織田一族と共に行動しているという情報は初めてだった。


だが、その話を聞いても、私は内心で呟いた。


「特段、大した情報でもないな・・・・・・」


そう思った。


織田家の動きなど、私にはどうでもいい。


信長の軍がどこで何をしようと、私の復讐心には関係ない。


だが、どこか心の奥に引っかかるものがあった。


その引っかかりが何なのか、自分でもわからなかった。


私は押し入れの中で小さく息を吐き、彼らの足音が遠ざかるのを待った。


数日後の昼下がり、私は縁側に座り、庭の手入れをする職人たちをぼんやりと眺めていた。


春の陽光が庭を照らし、木々の緑が目に鮮やかだった。


もちろん、小太郎はすぐそばにいる。


彼は私の左側に立ち、腕を組んで私の行動を逐一監視していた。


何かあればすぐに制止する構えだ。


その視線が、私の背中に突き刺さるようだった。


だが、私にとっては外部の人間を見る数少ない機会だった。


職人たちの動きをじっくりと観察していると、ふと見知った顔が目に留まった。


あれは・・・・・・まさか。


「宇津呂・・・・・・?」


私の心臓が跳ねた。


庭師の姿で草を刈るその男は、確かに宇津呂だった。


彼の特徴的な笑顔、穏やかな目つき。


人足や僧侶の姿とは違うが、間違いない。


声を掛けたい衝動に駆られたが、小太郎がいる。


無闇に声を出せば不審がられるだけだ。


どうする・・・・・・。


私は一瞬考え、冷静に口を開いた。


「小太郎、私は喉が渇きました。水を持って来なさい。私はここから離れません」


「姫、わかりました。くれぐれもこの場から離れませんように」


小太郎は慎重に私を見つめた。


その瞳には、私を疑う色があった。


だが、彼は命令に従い、小走りで台所へ向かった。


その背中が角を曲がるのを確認した瞬間、私はそっと庭の職人へと声を掛けた。


「宇津呂、うつろではありませんか? 何をしているのです、庭師の風体で」


彼は驚いたように顔を上げ、草を刈る手を止めた。


そして、ふっと笑った。


「はははははっ、姫の目はごまかせませんか?」


その笑顔に、私は一瞬安堵した。


「当たり前です。私の目をごまかすなど百年早い」


「百年ですか? 宇津呂はその頃には土に帰っているでしょう」


彼の軽妙な返しに、私は小さく笑いそうになった。


だが、次の瞬間、私は目を細めて尋ねた。


「そんなことより、あるときは坊主、あるときは大工人足、そして今日は庭師・・・・・・あなたはもしや忍び?」


「忍びなど大したものではございません。ただ、浅井家滅亡の恨みを晴らす機会、そして姫様たちが心配で、機会があればこうして城に忍び込んでおります」


「忍び込んでいる時点で忍びではありませんか?」


「はははははっ、これは一本取られた。確かにそうですな」


宇津呂の笑い声が、庭に小さく響いた。


その声に、私は一抹の懐かしさを感じた。


そして、私は核心に迫る質問を投げた。


「して、織田家に一矢報いる有益な情報は得られたのですか?」


「駄目ですな。大したことは耳にしません」


彼の声が少し沈んだ。


私は一瞬考え、口を開いた。


「私も織田が痛い目を見れば良いと思っております。なので教えられることがあるなら教えてあげたいのですが・・・・・・」


「姫は織田家に匿われている身、御身大事にしそのようなこと申さないでください」


宇津呂の声が急に真剣になった。


その言葉に、私は少し苛立った。


私は織田家の者ではない。


だが、彼の心配が本物であることも感じた。


私は少し迷い、留守役の話を思い出した。


「いいのですよ。何か情報ですか・・・・・・大叔父・織田孫十郎は織田家一族で長島攻めをすると耳にしたくらいで、特には・・・・・・」


「伊勢長島攻めの軍は織田一族が束になっている・・・・・・姫、それはなかなか興味ある情報です」


宇津呂の表情が引き締まった。


その目に、鋭い光が宿った。


私はその変化に息を呑んだ。


私が何気なく耳にした情報が、彼にとって重要な意味を持つらしい。


そのとき、小太郎が湯冷ましを入れた茶碗を持って戻ってきた。


彼の足音が縁側に近づくのを聞き、宇津呂は素早く庭仕事に戻った。


何食わぬ顔で剪定を続け、その動きに一切の隙がない。


私は急いで姿勢を正し、小太郎を振り返った。


「姫、今庭師と話されていましたか?」


小太郎の声に、疑いの色が混じっていた。


私は冷静に答えた。


「私が誰と話そうと良いではありませんか。約束通り、場は離れてはおりません」


「そうですが、得体の知れない輩と話すのはお控えください。姫、湯冷ましにございます」


彼が茶碗を差し出したが、私は首を振った。


「もう結構です。飽きました。部屋に戻ります」


「姫・・・・・・」


小太郎が少し眉をひそめるのを見たが、私はそのまま立ち上がり、部屋へと戻った。


扉を閉めると、静かに息を吐いた。


その瞬間、胸の奥で何かが動き始めた。


部屋に戻り、畳に座った私は、縁側の出来事を振り返った。


宇津呂は動いている。


浅井のために、織田に一矢報いるために。


彼が忍び込み、私に近づくのは、ただの偶然ではない。


浅井の恨みを晴らすため、そして私たちを守るためだ。


その決意が、私の心に響いた。


私は何をすべきか・・・・・・。


戸の外では、宇津呂が黙々と庭の草を刈っていた。


その手が、一瞬だけ止まり、わずかにこちらへ向いた。


その小さな仕草に、私は気づいた。


彼は私を見ていた。


その視線が、私に何かを訴えているようだった。


それだけで、私は十分だった。


私は目を閉じ、心の中で決意を固めた。


この狭い城に閉じ込められ、監視される日々に終止符を打つ時が来たのかもしれない。


宇津呂が織田に一矢報いるなら、私もその一部となりたい。


信長への復讐心が、静かに、だが確実に燃え上がっていた。


戸の外の庭師の姿が、私の新たな道を指し示しているように思えた。


私は動くべき時を待つ。


そして、その時が来れば、宇津呂と共に立ち上がる。


その決意が、胸の奥で熱く燃え続けていた。



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