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①③話 関ヶ原

 輿の中で私は暴れた。


どうにかして降りようと試みたが、やがて疲れ果てた。


荒い息を吐きながら身を委ねると、輿の規則的な揺れが妙に心地よく、いつしか瞼が重くなっていった。


 気がつくと、私は薄暗い一室に横たわっていた。


室内は簡素ながら清潔で、壁に掛けられた仏画や微かに香る線香の匂いが、ここが寺であることを物語っていた。


部屋の隅では、侍女のさつきが正座したまま舟を漕いでいる。


かすかに聞こえる彼女の寝息が、疲労の色を濃くしていた。


私が身じろぎすると、さつきははっと目を覚まし、すぐにこちらへ身を乗り出してきた。


「茶々様、お目覚めですか?」


「ここは?」


「近江と飛騨の間にございます関ヶ原の寺でございます」


「今宵の宿か?」


「はい。皆様、すでに夕餉を済ませ、お休みになられております」


その言葉に、私の腹の虫がぐぅ~と鳴いた。


さつきは微笑みを浮かべる。


「ふふふ、お腹が空きましたね。少しお待ちください、今すぐ夕食をお持ちします」


彼女が部屋を出て行くと、私は廊下へと足を運んだ。


そこには前田慶次利益が槍を抱え、胡座をかいたまま壁に寄りかかって寝ていた。


乱世の中でも飄々としている彼の姿は、まるで戦国の荒波を悠然と乗りこなす舟のようだった。


警護の者は彼一人しか見当たらない。


私は外の空気を吸おうと、廊下の端から庭に下りようとした。


「姫様、ここを出たら外は猛獣だらけだぜ。それでも行くかい?」


寝ていると思っていた慶次が、低い声でつぶやいた。


「ただ月を見ようとしただけです。失礼な」


「姫様、今夜は生憎、新月だぜ」


「そんなこと、分かっております」


「そうかっかすると、せっかくの可愛い顔が台無しだぜ。今宵は大人しくしてな」


「無礼者!」


私はぷいと背を向け、部屋へ戻ると障子を勢いよく閉めた。


心の奥に燻る怒りをどうすることもできず、布団の上に座り込む。


しばらくすると、さつきが膳を運んできた。


土鍋の蓋を開けると、湯気とともに韮の香りが広がる。


「韮粥でございます。これで体を温め、ゆっくりお休みください」


彼女が椀によそってくれた粥を口に運ぶ。


青臭さはあるが、空腹に勝るものはなく、私は最後まで平らげた。


「ごちそうさま」


「お粗末様でございました」


さつきが膳を片付けに部屋を出て行く。


再び廊下を覗くと、慶次は変わらぬ姿勢でそこにいた。


しばらく見つめていると、彼がぼそりと呟いた。


「今の粥飯だって食べられない者が多いんだぜ、姫様。知っていたか?」


「米を食べられない?」


「ああ、そうとも。米どころか稗や粟すら手に入らない。そこら辺の草を食べて、飢えをしのぐ者が大勢いるのよ」


「それがどうしたと?」


「上様はな、そんな民が何の心配もなく米作りができる国造りを目指している。そのために天下を統一せねばならないってわけよ」


「天下統一・・・・・・それで伯父上様は浅井家を?」


「ああ。朝倉と手を結び、上様の道を阻んだ。だから、やむなく攻め込んだってわけよ」


「勝手な言い分です。伯父上様が朝倉を攻めなければ、父上様は伯父上様に従い、国造りを支えようと考えていたのに」


「姫様はまだまだお子様よな。朝倉を倒さねば、いつまでも天下統一などできぬ。それが時勢というものよ」


「私には分かりません。ですが、父上様、そしてお祖父様を殺したのは織田信長。それだけは分かっています。いつか、この手で父上様たちの恨みを晴らしてやるのだから」


「威勢が良いな、姫様。しかし・・・・・・生きる意志があると知れて安心したぜ」


「当然です。生き延び、この手で織田家を滅ぼしてみせます」


「そのときは、俺は敵だな。ぬはははは、こりゃあ恐ろしい」


「姫と侮って馬鹿にして!」


「馬鹿になどしていないさ。恨みは強ければ強いほど人を動かすものだ。だが、その想いは胸の奥にしまっておくのが賢明だぜ。姫様自身のためでもあり、妹君のためにもな。上様は恐ろしいお方、乳飲み子すら容赦なく葬る。心しておくがいい」


慶次はそう言い残し、のんびりと寝所へ向かっていった。


私は暗闇の中、見えぬ月を探して空を仰ぐ。だが、そこに浮かび上がったのは、斬首されるお初とお江の姿だった。


恐怖に襲われ、私は部屋へ駆け込み布団をかぶる。


震えが止まらない。


私の言動一つで、妹たちの生き死にが決まる……。


何も知らない妹たちを巻き込むことはできない。


私はどうすればいいのか──。



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