宰相との攻防
「聖女様と一緒に降臨されたナツメ殿を平民女性と同等に扱うことなどできません」
驚きはしたもののすぐに冷静になったのかべラルド卿がそう言った。
「でも私は聖女ではありませんし特別な能力も持っていません。そしてこちらの国での婚姻適齢期も過ぎています。となればあとは仕事をして自力で生きていくしかないと思うのですが?」
言ってみれば身寄りのない人と同じ。
誰にも頼れないのだから自分でどうにかするしかないだろう。
「いや、しかし……」
よほど私の提案が予想外だったのか、どちらかといえばどんな質問に対しても淀みなく答えそうなべラルド卿が困惑している。
「体力にはあまり自信がないので、できれば肉体労働以外の仕事だと助かるのですが……」
「肉体労働……?」
べラルド卿が唖然とした眼差しを向けてくる。
え?
だってそうじゃない?
前職はブラック企業ではあったけれど事務職だったから肉体的疲労は少ない仕事だった。
まぁ、その分精神的に大変だったけれど。
そして年も三十五を迎えたとなれば若い頃とは違って体力的な無理はきかなくなっていく。
それを思えば、これから長く働くならできる限り身体的に楽な仕事がいい。
「ナツメ殿の希望はわかりました。しかしそれは私の一存では決められませんので、一旦この件は持ち帰って検討させていただいても?」
「もちろんです」
無責任にOKと言わないあたり、べラルド卿は慎重派なのだろう。
「しかし、そうなりますと仕事が決まるまで私はどこで暮らせばいいのでしょう?」
今いる部屋は客室。
客室はあくまで客を迎え入れて短期間滞在してもらうための場所だ。
仕事が決まるまで果たしてどれだけの時間がかかるかはわからないが、それまでここに居座るわけにはいかないだろう。
「……あなたはびっくり箱のような人ですね」
……なぜ?
べラルド卿の驚きを込めたような呆れたような一言に私は心の中で疑問を呈す。
どんな職場でも身元や住所がはっきりしていない者を雇うところはない。
異世界転移してきた私の身元保証人なんて当然いないし、ここは何とかしてべラルド卿から仕事を紹介してもらうしかないのだから。
「トルス国のご婦人で自ら積極的に仕事を求めるような女性はいません。今のナツメ殿のような状況に置かれようものなら、当然の権利として生活の保障と慰謝料を請求する方が多いでしょう」
そうなんだ。
それはそれで逞しいと思うのだけど。
ただ単に私はそう主張できるだけの自信が無いだけ。
なぜなら人の価値なんて相対的な評価で決まるものだと思っているから。
それに自分の主張ばかりして放り出されたらどうすればいいというのか。
私にはこの世界でのツテも生きていくための知識も何もかもが欠けているのだと、きっとべラルド卿は本当の意味では理解できていないに違いない。
「それとも、あなたのいた世界では当然のことなのでしょうか。」
続けて零された言葉は、私に言っているというよりもべラルド卿の独り言だったのかもしれない。
当然のことか……。
たしかに、元の世界でも声高に自分の主張を振りかざす人はいるわね。
そして往々にして声の大きい人の主張の方が通りやすい。
「いずれにしても、ナツメ殿は我々の事情で我が国に来ていただいた方。これからのことが決まるまではこの部屋を自由にお使いください」
そうして、なぜか少し疲れた様子を見せたべラルド卿とのティータイムは終わりを告げたのだった。