決心
そうして無事に職場に復帰した私は今まで通り図書館奥の例の場所で書籍の修復をしている。
ただ、お披露目が終わったことで今までのように人目につかないように気をつける必要もなくなったため、時々は館内での作業をすることもあるしカウンター内での業務に携わることも増えた。
そんな私の生活の中で、実は一番の変化は住まいである。
今まで王宮の中の部屋を使わせてもらっていたのに、事件以降私はいまだにべラルド家のお世話になっているままなのだ。
何度も王宮に戻ると言ったのになかなか認めてくれないのよね……。
今回の事件の関係者の処罰は終わったけれど良からぬことを考えている残党がいるかもしれない。
そんな風に言われてしまえばその気持ちを無下にすることもできなくて。
結局ずるずるとそのままお世話になったままだった。
しかも図書館から退勤する時にはべラルド卿が迎えに来るから一緒に帰ることになる。
お荷物でしかない状況に申し訳なさを感じるのに、なぜかべラルド家の家令には感謝されて戸惑ったのは記憶に新しい。
なんでも仕事の忙しさにかまけてなかなか屋敷に戻ってこなかったり食事を疎かにしがちなベラルド卿が、今では毎日決まった時間に帰ってくるからだそうだ。
その上私と一緒に食事を取るからご飯を食べずに過ごしてしまうこともなくなったとか。
主の健康を考える家令としては今の状況をむしろ好意的にとらえていると言われ、私としては返す言葉がなかった。
反感を持たれるよりはもちろん良いのだけど、そうやってみんなが親切にしてくれる分、居心地が良すぎて困るというのが本音だ。
このままべラルド家にい続けると自分の足で立てないダメな人になってしまいそうだ。
最近はそんな不安を感じている。
たまたま今はべラルド卿の親切心によって屋敷に身を置かせてもらっているけれど、実際には私は何の関係もない相手なのだから。
このままべラルド家にいればあらぬ噂も立つだろうし、そんなことになったらさらに申し訳ない。
いい加減潮時よね。
そう思った。
きりの良いところまでリストにしてから今日の仕事を終わろうと思い、私はテーブルに積み上げた本のタイトルを一冊ずつ表に書き込んでいく。
退勤時間は過ぎているからいつもならべラルド家の馬車に乗る時間だ。
だから私はあらかじめ馬車の御者に伝えてあった。
『今日はべラルド家ではなく王宮内の自分の部屋へ帰る』と。
そして王宮にあるべラルド卿の執務室と屋敷の家令宛にも同様の内容をしたためた手紙を送った。
面と向かって伝えなかったのは、気づけばべラルド卿に言いくるめられてしまうし私自身も決心が鈍りそうだったからだ。
もちろん、後日お礼に伺いたい旨も当然書いておいた。
幸いと言ってはおかしいけれどべラルド家に置いてある荷物には王宮の部屋から持って行った物は無い。
私がお世話になるようになってからそろえてくれた物ばかりだからだ。
本当、お世話になり過ぎでしょ。
自省すべきことが多過ぎる。
そうこうしている内にリストは書き上がり、私は片づけを済ませると帰る準備をした。
夕食はどうしようか……そんなことを考えつつ荷物を手に取り振り向いたところで、ちょうど棚の陰から姿を現したべラルド卿と目が合う。
「ああ、まだこちらにいらしたのですね。ナツメ殿とちゃんとお話をしなければと思いまして迎えに来ました」
そう言って微笑んだべラルド卿の目が笑っていないことに私は気づいてしまう。
あれ?
何かご機嫌斜め?
なぜだろう。
蛇に睨まれた蛙の気持ちが、わかった気がした。
数多の作品の中から読んでいただきありがとうございます。
少しでも続きが気になりましたら、ブックマーク登録、評価などしていただけるととても励みになります。
よろしくお願いします。




