一人で立つということ
べラルド家の主治医の一人であるセラピアさんは柔和な印象の女性だ。
年の頃は私よりも少し上に思える。
だからだろうか。
他の主治医の先生に診てもらうよりもリラックスして診察が受けられたのは。
薄茶色の髪の毛をひとくくりにし、白衣のような上着を着た彼女は私の心を暴こうとするような質問をしなかった。
現在の体調を聞いて一通りの診察をした後は彼女自らが調合したというハーブティーを入れてくれる。
「私はべラルド家の治める領地の端の村の男爵家の出なんです」
「ここからは遠いんですか?」
「そうですね……馬車で一日くらいかかります。その村には珍しくも薬師の方がいて、私は近所なのをいいことに小さい頃はその方の家に入り浸りでした」
そう言って微笑む表情からは彼女がその薬師の人をとても慕っていることがわかる。
「そこで薬草について多くのことを学びました。自分でハーブティーを調合できるのはそのおかげです」
セラピアさん曰く、今飲んでいるハーブティーには緊張をほぐしたり気持ちをリラックスさせてくれる効果があるらしい。
「私の生まれた家は決して裕福ではありませんでしたが、薬草の知識を得ていたこと、さらには薬師の方が王都の学園への推薦状を書いてくれたおかげで医学を学ぶことができました」
「王都の学園は学費が高いと聞いていますが?」
「学園には学年で何人かの生徒に奨学金が支給されるんです。もちろんそのためには多くの条件をクリアしなければなりませんけれど」
つまり、彼女はそれだけ優秀だということなのだろう。
「無事に卒業した後は幸いにもべラルド家の主治医を務める方の元へ弟子入りすることができ、そのおかげで今があります」
「しかし男爵家であれば貴族の出ですよね? 女性でありながら医師として働くというのは珍しいのでは?」
「貴族の女性が自分で働くことは珍しいですけれど、医師と薬剤師に限ってはある程度の適正を求められるので例外なのです。それに、貴族家の中には奥様を診察するに当たって男性の医師を拒むような方もいらっしゃいますしね」
なるほど。
医師としての実力がある女性はニーズがあるから仕事を許されているということか。
「まぁ、とはいえ珍しいことには変わりありませんし、好意的に思わない人も多くいますよ」
「男性も女性もね」と彼女は続けた。
「おかげでこの年まで独身です」
そう言って笑った彼女はそのこと自体をさして気にしているようには思えない。
「結婚を考えたことは?」
踏み込んだ質問だとは思ったけど、この世界で仕事を持ち、さらには独身でいる彼女の考えをどうしても聞いてみたくなった。
。
「考えた人はいました。残念ながら結婚までは至らなかったですけど。幸い私には仕事がありましたし、男性に庇護されなければ生きていけないわけではありません。それが私にとっては大きかったですね」
静かに語るその言葉には感情の揺れはなかったけれど、結婚まで考えた相手がいたのに結ばれなかったのであればそこにはいろいろな事情があったのだろう。
「ただ……」
そう言いながらセラピアさんがカップに落としていた視線を上げる。
「たとえ一人で立たなければならなかったとしても、誰かに頼るのは悪いことではないと思いますよ」
「……え?」
『あくまで私の考えですけどね』
そう前置きをして彼女が言葉を続ける。
「この男性優位の社会で仕事をしながら生きていく中で、誰にも弱音を見せてはいけないと思い込んでいた時期があるんです」
彼女の言葉に、ドキリとした。
「助けを求めることもせずに抱え込んでしまって……結果周りにも迷惑をかけました。そりゃあもう怒られましたよ」
怒られた、と言いながらも彼女はとても穏やかな顔をしている。
「その時に『一人で立つ』というのは『誰にも頼らない』という意味ではないと学びました」
「恥ずかしいのでこの話はここまでにしますね」
そう言ってセラピアさんは話を切り上げたけど、私の頭から彼女の言葉が離れることはなかった。
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