頼る先は
睡眠は生きていく上で大事なものだ。
基本的欲求の一つでもあるんだから当然なんだけど。
あの悪夢を見て以来、私は眠るのが怖くなった。
寝る準備をしてベッドには入るけど眠れずにただ時間が過ぎるのを待つ日々。
とはいえ体は睡眠を欲するから、気づけば気絶したように寝ていることもあった。
そんな状態を続けていればおのずと体は限界を迎える。
頭は慢性的に痛むし意識はボーッとする。
そして体もだるければやる気も低下していく。
幸いにしてしばらく仕事を休むように言われていたからその点だけは助かった。
とはいえずっとこのままで良いわけもなく、かといって焦れば焦るほど眠りは遠ざかる。
「ナツメ殿。顔色が悪いように思うが、体調は大丈夫だろうか?」
同じ屋敷にいるのだから一緒にと誘われた夕食の席で、べラルド卿にとうとう声をかけられたのは眠れなくなって三日目だった。
「ええっと……」
すぐに返事ができなかった時点ですでに普通ではないことが丸わかりだったのだろう。
「何か問題があれば相談してください」
真剣な顔でそう言われて悩む。
「問題があるわけではないのですが……」
「言い方を変えますね。何か困ったことがあれば何でもいいので教えてください」
べラルド卿の言葉に返事ができなかったのは、何と答えればいいのかがわからなかったからだ。
夢を見るのが怖くて眠れないって言う?
でも言ったところでどうなるというのか。
この世界、私が知っている限りでは精神科医的な存在はいなかった。
せいぜいが教会で祈りを捧げるくらいで、技術的なアプローチやメンタルに効く薬なんて無い。
それを思うと、悩みを言ったところでべラルド卿を困らせるだけじゃないかと思ってしまう。
「……大丈夫です。たぶん事件の疲れがまだ取れていないだけだと思うので」
「ナツメ殿には怖い思いをさせてしまい申し訳ありません」
そう言うとべラルド卿が頭を下げた。
一国の宰相に頭を下げさせている、その事実に私は焦る。
しかも直接的な原因がべラルド卿にあるわけではなく、そもそもヴァニタス卿が悪事に手を染めていなければ起こらなかったこと。
だから私は慌てて言った。
「べラルド卿が悪いわけではないので!」
「いや。王宮内であれば危険はないだろうと油断していた私にも責任がある」
『真面目か!』とツッコミたくなってしまったことは内緒だ。
「本当に大丈夫ですので」
自分の心の問題なのだから、自分で解決するしかない。
そう思って答えたのだけど。
「そうですか」
べラルド卿にしては珍しく、一瞬何かを言いかけてから口を閉じた後、結局そう一言だけ答えた。
私の返事を信じられなかったとしても、こちらの気持ちを慮ってそれ以上追求しないでくれたのが私にはありがたい。
なぜなら、私は答える言葉を持っていないから。
誰かに頼るという発想自体が私の中にはないのだ。
困った時にどうやって助けを求めればいいのかを、もうずっとしてこなかった身にはその方法も思いつかない。
そして弱音を吐くことを私は自分自身に許すことができなかった。
「今日はこの辺で失礼しますね」
元々食欲も落ちていてあまり食べられないから私はそう言うと席を立つ。
部屋を出て行く私の背中をべラルド卿が物言いたげに見ていることに、私は気づかない振りをしたのだった。
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