宰相の焦燥 Sideルシウス
「べラルド様!」
珍しくも慌てたようにリリアが執務室に飛び込んできて、ルシウスは書類に落としていた視線を上げた。
「どうした?」
「ナツメ様が攫われました!」
「何だって!?」
予想外の報告にルシウスは立ち上がる。
「どういうことだ?」
「本日ナツメ様は午前中に聖女様とお茶会を楽しんだ後、午後から図書館でのお仕事をされる予定だったのですが……」
たしかにルシウスが把握しているナツメの予定もその通りだ。
彼女の行動に口を出すつもりも制限をかけるつもりもない。
しかしお披露目が済んだこともあり、これから誰かが良からぬ思惑でナツメに近づいてくることもあり得ると考えて基本的な予定を共有してもらっている。
「先ほどグノシー伯が、ナツメ様が予定の時間に来ないと連絡をくださいまして」
ナツメは時間に正確だ。
また、予定外の行動もしない。
真面目な性格なのか予定を変更する必要がある場合は必ず連絡をしてくる。
「午後からの勤務となると……もうすでに三十分は経っているな」
執務机の上に置かれた時計を確認してルシウスは呟く。
(だから護衛をつけさせて欲しかったのだが……)
異世界からの客人としてお披露目をして以降、ナツメにも護衛をつける必要があるのではないかと貴族会の議題に上がった。
しかし聖女ではない者を特別扱いするのは如何なものかという反対意見が出た。
(そういえば、反対意見の先鋒はヴァニタス侯爵だったか)
ひとまずその議題は次回へ持ち越しとなったのだが……。
(こんなことなら個人的に陰から護衛でもつけておくべきだった)
ナツメ自身は特別扱いをされることに対して抵抗がある様子だったし、慎重な性格や図書館と自室との往復以外しない生活だったから見守っていたのが間違いだったのだろう。
王宮内にはいたるところで近衛騎士が警備についていて見回りの騎士もいる。
(その誰にも気づかれずに攫われたということか?)
「ナツメ殿の足取りでわかっていることは?」
「はい。王宮の中庭の花壇脇でこれが見つかっています」
「これは……護身用のグッズか?」
「そうです。少し前にナツメ様の依頼で私が購入した物ですので間違いありません」
「君が?」
今までナツメがこういった物を希望したことはなかったはずだ。
(何か心配になる心当たりがあったということか? それとも念の為の自衛手段を手に入れたかっただけなのか)
「その件に関して報告を受けていない」
「申し訳ありません。少し前のことでしたし、女性がこういった物を持つことは珍しくはありませんので」
たしかに、非力な女性はいざという時のための護身用の物を何かしら携帯していることが多い。
高位貴族の家の令嬢であれば常に護衛がつくが、そうではない令嬢もいるからだった。
「これがナツメ殿の物という確証はあるのか? 他の令嬢の物という可能性は?」
「他との差別化のために、容器の底に棗の花の模様を入れてあります」
リリアの言葉に容器を裏返せば、果たしてその底には棗の花の模様が彫られている。
ナツメは王宮の中庭で攫われたとみて間違いないだろう。
そして王宮内の警備は騎士団の管轄だ。
その管轄内での事件であれば彼らに責任があるし、同様に捜索のためには彼らの協力を得なければならない。
(すぐにでも探しに行きたいが……)
無策で捜索に出たとしてもいたずらに時間を浪費するだけだ。
時間が経てば経つほど探すのは難しくなるだろうから。
(少しでも効率よく探さなければ)
「騎士団長を呼べ」
「かしこまりました」
逸る心を抑え、ルシウスはリリアにそう命じたのであった。
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