舞踏会のマナー
人々が踊り出すのを待って、私は王座の横に設られた軽食が用意されているスペースへと移動した。
会場内にはいくつか軽食スペースが設けられているが、他とは違いさすがにこの場に近寄る者はいない。
「とりあえずお披露目が終わって良かったです」
人々の注目を一身に受けた花音ちゃんがそう囁く。
音楽が流れ多くの人が話に花を咲かせている場では花音ちゃんの話を聞かれる心配は少ないけれど、注目の聖女様とあっては誰が聞き耳を立てているかわからない。
「花音ちゃんは殿下と踊らないの?」
少し前に話した時にはマナーと共にダンスも習っていると言っていた。
ある程度踊れるようになっていたみたいだし、てっきり今日のファーストダンスは花音ちゃんと殿下だと思っていたんだけど。
「ただでさえ注目されているのに、これ以上見せ物になりたくないですよ」
トレス国の舞踏会では国王と王妃は王座に座したまま踊ることはしない。
そのため最初にダンスを披露するのはもっぱら王太子であるソレイユ殿下が務めるのが常だとか。
「花音と踊らないなら今日は誰とも踊らない」
そんな一途なのか考え無しなのか紙一重の殿下の発言に待ったをかけたのはもちろん花音ちゃんだ。
あらかじめリベルタ嬢と相談済みだったのか、今日のファーストダンスは今までと同様殿下とリベルタ嬢が踊っている。
正式に婚約解消を発表した二人のファーストダンスに会場内はざわついたけど、当の二人はどこ吹く風と気にしていないようだった。
そして王太子としての義務は果たしたとばかりに殿下はそれ以降どの令嬢にも声をかけずに花音ちゃんのそばにいる。
「この状況、大丈夫なんですか?」
「殿下はご自身で決めたことは曲げないたちですし、陛下が良しとしているので問題はないかと」
つい心配になって隣にいるベラルド卿に聞いてみるものの、あっさりとした答えが返ってきた。
まぁ、当事者たちがそれで良しとしているならいいんだろうけど、背後から突き刺さる視線が痛い……。
舞踏会のマナーとして、ダンスは男性から申し込むものであり、女性から声をかけるのははしたない行為だと言われている。
そのため殿下の気を引きたいご令嬢たちは殿下に声をかけることもできず、ひたすら声がかかるのを待っているのだが。
その視線の圧が強いのよね。
殿下の花音ちゃんへの接し方を見れば望みは薄いと思うのだけど。
そんな殿下を追いかけるよりも別の相手を探した方がいいのにと思ってしまうのは私が異世界人だからだろうか。
令嬢たちにかかる両親の期待もあるのかもね。
誰と結婚するかが自身の価値と直結する現実はなかなかに辛い。
そうやって話しながら休憩をとっていたら、不意に背後から声がかかった。
「はじめまして、ナツメ様。少しお話しさせていただいてもよろしいかしら?」
女性から男性へ声をかけるのはマナー違反。
同様に女性同士の場合は位の下の者から上の者へ声をかけるのがマナー違反だ。
つまり、声の主は私よりも立場の上の者。
もしくは、私を『下』に見た者といえた。
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