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異世界に行った、そのあとで。  作者: 神宮寺 あおい@受賞&書籍化


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王子の疑問

「それにしても、カノンはなぜ私の提案を喜ばないのだろう?」

「提案、ですか?」

「そうだ」


 いかにも苦悩していますという雰囲気を振り撒きながら殿下が嘆く。 

 その様を鑑賞しつつ私はさっき入れた紅茶を飲んだ。


 あ、美味しく入ってる。

 今日の茶葉はミルクの合うアールグレイだ。

 もちろん殿下にもお茶菓子を添えて出したよ。


 とはいえ相手はこの国の王太子殿下。

 毒味もしていない飲み物に口をつけることはないと思っていたのだけど。


 あっさり飲んだわね。

 それでいいのか王太子。

 本当に、この国の将来が心配である。

 

「欲しい物は買ってやるし、希望があればできる限り叶えてやる。それに、王太子妃になればいずれは王妃だ。この国の女性の中で誰よりも尊い立場になれるというのに、何が不満なのだろうか?」


 なるほど。

 たしかに、トルス国の女性にしてみればいずれ王妃になれる王太子妃の位は魅力的なのだろう。

 しかし、だ。

 花音ちゃんは日本で育った現代っ子。

 自分の力で生きていくべしと刷り込まれている彼女にとって、その地位が本当に魅力的なのか疑問である。

 

 共働きが当たり前、そして実際はどうであれ男女平等をうたっている現代で誰かに依存する生き方をすればなかなかに大変だ。

 自由を得るにはそれ相応の対価が必要なように、自分の思い描く未来を手に入れるにはそれだけの努力をしなければならない。

 

 それがトルス国では男性の興味関心を惹くことであり、日本では自力で生きていくための力をつけることなのだろう。


 価値観の違い……よね。

 まったく考え方の違う相手にそれを理解してもらうのは難しい。

 

 それに、自分の望むものとは違うものを押しつけられたとして、それを良いとは思えないだろう。

 花音ちゃんにとって王太子妃の位は欲しいものではないのだから。


「聖女様がどうされたいのか、希望は聞かれましたか?」

「いや。聞いていない」


 それではお互いが理解し合うのは無理というもの。


「殿下が良かれと思ってしている提案が聖女様にとっても良いこととは限らないのではないでしょうか?」

「なぜだ? 女性はか弱い存在だ。男が守り助けていかなければならないだろう? 常日頃ずっとそばにいられるわけではない。それであれば一番カノンを守りやすいのは地位を与えることだ」


 すでに花音ちゃんには『聖女』という立場がある。

 しかしその立場が逆に彼女を脅かすこともあるのだろう。

 そこに『王太子妃』という位があれば心配は減る。

 花音ちゃんに対する恋愛感情があり、さらには彼女を守るためにはどうしたらいいのか。

 殿下なりに考えての提案なのかもしれなかった。


 まったく考え無しというわけではないのね。

 それに、女性を守りたいという思いは尊重したいところだ。

 何というか、そこら辺を上手く伝えれば花音ちゃんの気持ちも変わっていくかもしれないのに。

 

 話の持っていき方が圧倒的に下手である。


「殿下、聖女様も私もこの国とは違った価値観の社会で生きてきました。ですので、殿下の思う幸せを聖女様に与えようとしても伝わらない可能性が高いです」

「なんだと? ではどうすればいいというのか」


 思ってもみないことを言われたとばかりに殿下が驚く。

 しかしそこで『なぜ相手は理解しないのか』と問うのではなく『どうすればいいのか』を問える殿下は思ったよりも柔軟な考えの持ち主なのかもしれない。


 初対面での印象は最悪だったけど、それほど悪い人ではないのかも?

 少なくとも相手の言うことを頭ごなしに否定することなく聞けるというのは上の立場に立つ者として重要な資質だと思った。


「殿下がなぜその提案をしたのか、そこにどんな思いがあるのかを丁寧に伝えることです。聖女様は聡明な方ですので、きちんとお話しすればお互いを理解することができるのではないかと」

「……なるほど。つまり、私とカノンには話し合いが足りないと、そう言うのだな?」

「はい。あと、女性にとって婚約の解消というのは大きなことでしょう? 聖女様は殿下が自分のために婚約を解消してしまったことに心を痛めているのだと思います」


 まぁ一番は花音ちゃんの気持ちも確認せずに婚約を解消し、当然のように自分と結婚するだろうと言ったことが信じられないからだろうけど。

 恋愛感情のない相手との結婚なんて、今の日本では考えられないしね。

 ましてや花音ちゃんは高校生。

 結婚に対してまだ夢を持てる年齢だ。


「やはりカノンは優しい心根の持ち主だ。わかった。たしかに私の進め方は強引だったかもしれね。まずはカノンとよく話してみることにしよう」


 ある程度納得したのか殿下がそう言った。

 少なくともこれで、殿下が強引に話を進めていくことはないだろうと私も胸を撫で下ろしたのだった。

数多の作品の中から読んでいただきありがとうございます。


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