宰相
確定してしまった。
ここが異世界で、私は巻き込まれ事故で飛ばされたのだと、目の前の美丈夫がハッキリと言ったのだから。
「私の名前はルシウス・ベラルド。この国、トルス国の宰相を任されています」
宰相ね。
国の運営を担っている立場ということか。
しかし、若い、と思う。
私の中での宰相のイメージといえば、海千山千の狸親父どもを束ねて国の舵取りができるようなおじさんだ。
良く表現したとしてイケオジだろうか。
ところが目の前の彼はどう見ても三十代。
下手したら三十代前半かもしれない。
……え?
私よりも年下の可能性も……?
少なからず衝撃を受けていたが、いや待てそれどころではないと思い直す。
ここがそのトルス国とやらだったとして、私はこれからどうなるというのだろう。
もし私が本をまったく読まないタイプだったらこの現状を受け止めるのも困難だったに違いない。
『異世界転移? 何それ?』とパニックになった可能性もある。
しかし幸いなことに私の頭の中にはたくさんのサンプルデータがあった。
そう、これまでに大量に読んだ異世界転移物の本、そして異世界転移を題材にした乙女ゲームたちである。
「……元の世界に戻ることは可能でしょうか?」
多くの異世界転移ものの話は片道切符、つまり転移したら戻れないものだ。
でもまれに元の世界に戻れる方法を設定している話もあることだし、何事も確認が必要だろう。
そう思っての問いかけに、ベラルド卿はあっさりと答えた。
「大変申し訳ないですが、元の世界に戻っていただくことは難しいかと」
美丈夫の困り顔いただきました!
眼福です。
……などと思っている場合ではない。
ああ……そうですか。
やはり片道切符なのね。
となればここは今後の自分の立場を決める上で大事な場面ではないだろうか。
「では私はどうなるのでしょう?」
「先ほど聖女様を王宮にお連れした際にあなたの部屋を用意させました。今後のことをご相談させていただくためにも、まずは王宮までご同行願えればと思うのですが?」
さっきのあの間で私の部屋を用意したと?
若いからといって侮るなかれ。
この人、仕事ができる。
いずれにせよ私はこの国になんのツテもない訳で。
ここで放り出されたら困るのはこっちである。
「わかりました。今後のことで相談に乗っていただけるのであればこちらこそ助かります」
かくして私はエスコートされるままベラルド卿についていくことになった。
ひとまず身一つで追い出される訳ではなくて良かった……と思ったのだけど。
考えてみれば勝手に異世界に呼び寄せたのは彼らの都合で、言ってみれば『誘拐』なのでは?と気づくのはまた後の話。
そして同様にあとで振り返ってみて思った。
取り乱すこともなく現状を把握し、冷静に自分の身の振り方を決められたのは、ある意味驚きで感情が振り切れてしまっていたからだったのだろう、と。
簡単に言ってしまえば、心の中では充分パニックになっていた、ということだ。