宰相の驚き<二> Side ルシウス
「この表も彼女がすべて考えたのか?」
「あー……まぁ、そう」
ルシウスの問いかけにレグルスが答える。
歯切れが悪いのは人に頼ったことが気恥ずかしいからなのかもしれない。
しかもレグルスの性格を考えれば誰かに頼ることができた、それ自体が驚きだった。
そして改めて書類を見ればその分かりやすさがすぐに理解できる。
成績表自体は何度も見たことがあるので除くとして、他の二枚の書類がルシウスの目を引いた。
もし宰相を目指したら、レグルスは努力の末それなりの結果は出せるだろう。
大きな問題が起きなければ国王を支えて安定した政治を行えるかもしれない。
しかしそれよりも騎士団を目指した方が才能を活かせる。
現時点での武道と剣術の能力は学園での成績でも証明されているし、本人の意思としても文官を目指すよりもやる気がある。
それに何よりも、レグルスは騎士として国を守りたいという意識が強かった。
王族を守り、市民を守る。
レグルスにとっては直接的に彼らを守ることのできる騎士の方が向いていると、その書類を見ただけで伝わってくるかのようだった。
「これは分かりやすくできているな」
そう呟いたルシウスの言葉にレグルスが笑って答える。
「だろう? 俺も初めて見た時はびっくりしたよ。一目瞭然で分かりやすいと思って」
どの道を選べばどういった結果になるのか、相手に分かりやすく言葉で伝えることは案外難しい。
それを見てわかる状態にできるのであれば相手はより早く理解してくれるだろう。
「あとさっき気になることを言っていたな」
「気になること?」
無意識に出た言葉だったからかレグルスが疑問を浮かべた顔になる。
「人には向き不向きがどうとか」
「ああ! ナツメさんが言ってたんだよね。人にはその性格や適性によって向く仕事と向かない仕事があるって。でも家門で仕事が決まってたら選べないだろ? 自分に合った仕事をした方が絶対に成果は上がるんだから、向いていない仕事を無理矢理やらせるのは人材の無駄遣いってことらしい」
ナツメが言っていることは正しいと、ルシウスは本能的に感じた。
ルシウス自身も部下を見ながら思っていたことでもある。
しかしトルス国において仕事とは家門に紐づくもの。
それに対して疑問を呈する者は今までいなかった。
(彼女がこの世界の人ではないからそういったことが思い浮かぶのだろうか?)
今まで漠然とではあるがルシウスも感じていたことを、ナツメははっきりと言葉にして表してくれた。
世間においての常識であったり当たり前と言われることに対して疑問を持つことは難しい。
そういうものと思ってやり続けた方が人は楽だからだ。
(人の脳は楽をしたがるというしな。当たり前と化したことを変えていくのは大変なのだろう。しかし、本当にそれでいいのだろうか?)
ここにきて初めて、ルシウスはそのことに疑問を持った。
「この表はカイルくんも作ったのか?」
「ああ。カイルも騎士団長を説得しないといけないから。だから一緒にナツメさんに相談したんだ」
ナツメと名乗った彼女は最初からルシウスの想像を超えてきた。
しかしその柔軟な思考や破天荒とも言える行動を、自分は嫌ではないと感じている。
むしろ次はどんなことを言い出すのか、何をするのかある意味楽しみにもなっていた。
それに、いまだかつてルシウスに対して「悩みがあるなら話を聞く」などと言ってきた女性がいただろうか。
たいていの女性はむしろ自分の悩みを聞いて欲しい、解決して欲しいということがほとんどだった。
(言われたからといってあっさりレグルスのことを話してしまった自分にも驚いたが……)
彼女にはどんな話でも受け止めてくれるような、そんな雰囲気がある。
(ナツメ・シンカイという女性はどういう人なのだろうか?)
妻を亡くしてから初めて、ルシウスは相手のことを知りたいと、そう思った。
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