宰相の驚き<一> Side ルシウス
ここしばらくまともな話し合いがまったくできなかった息子から、話があると切り出されてルシウスは自宅の応接間で息子と向かい合っていた。
(ずっと私を避けていたのに、いったいどういう風の吹きまわしなのか)
そう心の中で思ってしまってもしかたのないことだろう。
「あー……その……」
そしていざ向き合ったもののなかなか本題を切り出さない息子にどうしたものかと思う。
ふと見れば彼は何枚かの書類を持っていた。
「その手に持っているもの、それは何だ?」
とりあえず話を始めなければ何も進まない。
そう考えてルシウスは話のきっかけになりそうな話題を振った。
「……そう。えっと、まずはこれを見て欲しい」
そう言って息子であるレグルスが応接テーブルの上に数枚の紙を広げる。
よく見ればその内の一枚は学園の成績表だ。
その他の書類には何やら表のようなものや文章が書かれている。
「これは?」
「まず、こっちは知ってるだろうけど学園の成績表」
指し示された成績表には、武道。剣術の項目に赤線が引かれている。
他に主要教科の項目には青線が。
「で、こっちは今後俺がどういった進路を辿ればどうなるのかを予想した図」
成績表ではない方には、二枚の紙に別れてそれぞれ出発地点に『宰相を目指した場合』と『宰相を目指さなかった場合』と書かれて四角で囲われている。
そしてその四角から矢印が出ており、その先にも言葉が書かれて四角で囲われていた。
さらにはその四角から矢印が出ていて、いわゆるこの選択を選んだらこうなる、とでもいうような未来へのシミュレーションが描かれているようだった。
「この前、騎士科に進みたいって話をしたと思うんだけど」
(話をしたというよりも一方的に言い捨てた感じではあったが……。しかも希望する理由も言わないとなれば何を考えているのか分かりようもない)
とはいえ少なくとも前回のように言い捨てて逃げ出すわけでもなく、こうして向き合って話してくれるようになっただけでも進歩なのだろう。
「ああ。そう言っていたな」
「別に俺だって考えなしに騎士科に進みたいって言ってるわけじゃない。見てわかるように学園での成績は騎士に必要な武道と剣術は特Aだ。でも主要教科は普通」
それは成績表をもらった時点で気になっていたことではある。
しかしまだ一年目と考えれば、これから伸びていくこともあると思えた。
「俺は元々頭を使うようりも体を動かす方が好きだし、そう考えればこの結果も納得だと思う。それでも、俺だって家門の仕事が何かは理解していたし、今後できる限り頑張っていこうとは思っていたんだ」
ならばなぜ騎士科に進みたいと言い出したのか?
最初の疑問に立ち返ることになる。
「でも……カイルの成績を見たらこれでいいのか迷い始めて……」
「カイルくんの?」
カイルといえばトルス国侯爵家令息のカイル・アルファンだ。
騎士団長の息子でレグルスとは同学年だと記憶している。
「カイルは俺とは逆で武道と剣術は普通だけど主要教科は特Aだ。本人も騎士のような仕事をするよりも頭を使う文官の仕事に就きたいと言っている。それに、騎士団は実力主義だから自分が団長として立つのは厳しいと悩んでいるんだ」
なるほど。
たしかに、騎士団は強さという実力が目に見える形でわかる。
そして実力主義なのは仕事内容的には当然のことだろう。
「もし頭を使う方が得意だというのであれば、戦術を立てるとかそういった方面で活躍することもできるが?」
「でもそれは平時にはそれほど求められていないだろう?」
もちろんそうだ。
ルシウスもわかっていて問いかけた。
「国防のこととかには頭脳が必要となってくるけど、それは騎士団長でなくてもできるし」
つまり、レグルスは家門の仕事である宰相ではなく騎士団を目指したくて、カイルは逆に騎士団ではなく文官を目指したいということだろう。
その悩みが結果として「騎士科に進む」発言に繋がったというわけだ。
ひとまずレグルスが何を考えているかがわかり、ルシウスはどうしたものかと思考を巡らす。
「人には向き不向きがあるんだから、この国での仕事が家の仕事を引き継いでいくものだったとしたら人材の無駄遣いって、言ってたんだよなぁ」
ふとぼやくように言ったレグルスの言葉が耳に入る。
誰がそう『言っていた』のか。
そもそも、つい最近までルシウスを避けて話し合いすら拒んでいたレグルスが急に冷静に話せるようになっていること自体がおかしい。
そこには誰かの存在があると考えるのが普通だろう。
「レグルス、これはお前が一人で考えたものなのか?」
机の上の書類を指差して聞けば、少しばつが悪そうな顔をしてレグルスが答えた。
「あー……ナツメさんに相談した」
『ナツメさん』
聞き間違いようのない名前だ。
(なぜ『さん』付けなんだ?)
そんなどうでもいいことが頭に浮かぶ。
(つまり、この資料も交渉の持っていき方もすべて彼女から教えてもらったということだろうか?)
にわかには信じられず、ルシウスは驚く。
トルス国において女性は家を守り、癒しや安らぎを与える存在だ。
同じ女性でありながらこうも違うものなのか。
そう思いながら、さらなる質問をするためにルシウスはその口を開いた。
数多の作品の中から読んでいただきありがとうございます。
少しでも続きが気になりましたら、ブックマーク登録、評価などしていただけるととても励みになります。
よろしくお願いします。