聖女の事情
「あの日は部活帰りだったんですよ」
お茶を一口飲んでから花音ちゃんは話し始めた。
聖女と呼ばれるのは嫌みたいだし、花音さんと呼んだら距離を感じるから嫌だと言われてしまった。
名前も可愛いし本人の希望もあって結局『花音ちゃん』と呼ぶことに落ち着いたんだけど、「嫌なんです」と言いながら膨れた顔はたいそう可愛かった。
「私、高校でダンス部に入ってるんですけど、あの日は友だちと大会後の打ち上げをしていて珍しく遅い時間にあそこを通ったんです」
『あそこ』といえば、私のマンションの近くの道だ。
本当に何の変哲もないただの道。
「あ! 私の家があの道の先にあるんです」
そんな補足情報を付け加えながら彼女は続ける。
「そしたら足元が急に光って……気がついたらあのホールにいたんですよね」
なるほど。
状況としては私もあまり変わらないと思う。
仕事帰りにあそこを通ったけど、花音ちゃんいたっけ?
自分よりも前に人はいなかったから彼女は私の後ろを歩いていたのかもしれない。
「もう本当、わけがわかんなくって」
そう言ってため息をつく彼女の気持ちを本当の意味で理解できるのは私だけかも。
突然異世界に飛ばされるなんて、フィクションの世界ではよくあることだけど実際に起こるなんて荒唐無稽もいいところだ。
「あの後すぐに王宮へ連れていかれたみたいだけど、それからは?」
ひとまず私みたいに放置された訳ではないから何らかの対応はしてもらっているはずなんだけど。
「なんか、みんなが聖女様聖女様って寄ってきて……」
えーっと……。
いくら容姿端麗の男性たちとはいえ、多くの人に急に来られるとびっくりするよね。
「聖女様っていったい何よー!って、怒鳴ってやろうかと思ったくらい」
可憐な少女の口から若干物騒な言葉が飛び出す。
「で、何かこの国の王子ですって名乗る人が代表でいろいろ質問してきたんだけど……」
ああ、あの金髪碧眼の。
容姿は極上だったし、一番最初に手を取られた時は花音ちゃんも顔を赤らめていた気がしたけど、今の彼女からはそういったドキドキ感がまったく感じられなかった。
「この国の王子殿下よね?」
「そうです。王子というか、王太子殿下?」
なるほど。
ということは、彼が王位継承順位第一位ということね。
幸いなことに図書館に就職できたし、早くこの国や王族のことを学ぼうと思っていたけれどいかんせん他にも覚えなければならないことがいっぱいで。
仕事に就かせてもらったからにはと思ってそちらを優先していたからいまだにこの国の王族のことはよくわかっていなかった。
でも聞く限りでは彼女もまだあまり理解していない感じなのかも。
「『聖女殿には結界さえ維持してもらえればいい。あとは私の妻になって好きなことをすればいい』って言い出して……」
ん?
つま?
つまって、『妻』だよね?
「え? 花音ちゃん結婚するの?」
思わず驚いて聞いちゃったけど。
「嫌ですよ! いくらイケメンでもよく知らない人となんて結婚できませんって!」
ああ、顔が良いことは認めてるのね。
そしてこの国の王子だからきっと生活には困らない相手だと思うけど。
『よく知らない人となんて結婚できない』と言い切った彼女はまともな感覚の持ち主だと思った。
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