宰相の戸惑い<一> Sideルシウス
トルス国は比較的恵まれた国だ。
北側と西側を山に囲まれ、南側と東側を海に面した国は中心部が温暖な気候で農業にも畜産にも適している。
国自体はとても広く、北側は冬になれば寒さが厳しくなるものの、天敵となるような獣も魔物も多くない。
南側は夏の暑さが他の地域に比べて強いが、こちらも自然が相手な分仕方ないだろう。
国内が安定しているのは何といっても聖女の結界があるからだ。
国を一歩出れば聖女の結界を越えることになり、魔物が蠢いているであろうその先は未知と言ってもいいほど知られていなかった。
歴史を紐解けば国を越えて他国とも交流があったようだが、ここ何百年間はそれすらない状態だ。
しかし聖女の結界がある限り人々は魔物の脅威に脅かされることもなく、そのせいか国民性はのんびりとしている。
そんなトルス国において、数百年に一度の機会で巡ってくる聖女召喚の儀は何よりも大切な儀式だった。
聖女は異世界より降臨する。
それはトルス国では常識として伝えられていることだ。
時期がくると神殿に聖女降臨の予言がおろされ、国と神殿は入念に準備して備える。
聖女の結界が維持できるかできないかは国の存亡にかかわってくること。
そのため聖女を迎える儀式は誰よりも何よりも優先される最重要事項だった。
そして迎えた聖女降臨の日。
待ち望んだ存在に誰もが沸き立つ中で、ルシウスはすぐにその事実に気づいた。
異世界から呼び寄せた聖女が一人ではなかったことに。
(聖女は一人のはず。ではあそこにいる女性はいったい何者だというのか)
その女性はどう見ても聖女と一緒にこの地にやって来たのだとわかる。
なぜなら彼女の服装はトルス国ではあり得ないものだったからだ。
しかし聖女の身につけている物とは共通点がある。
そして何よりも決定的なのは、聖女と同様その女性も黒髪黒眼だったことだろう。
聖女が黒髪黒眼の少女であることはトルス国では周知の事実。
そして聖女以外でその色を持つ者は他にはいない。
(なぜ誰もあの女性に手を差し伸べないのか?)
そう思いながらも、宰相としての立場が王子と聖女を王宮へ先導する役割に徹しさせた。
だから。
ルシウスは王子一行を王宮へと送り届けてすぐに神殿に引き返したのだ。
もしすでに彼女がその場からいなくなっていたらどうしようか。
そう心配して向かった先に、幸いなことにまだ彼女はいた。
しかしいったい誰がその先の展開を予想しただろうか。
その女性は、ルシウスの想像の斜め上をいく発想の持ち主だったのだ。




