おお!そなたがゆうしゃであったか!
朝、目を覚ます。そしてすぐに大きくため息をつく。「やっぱり夢じゃないよなぁ」
一旦状況を整理する。まずここは恐らく、昔遊んだRPG『マジカルクエスト』の世界、その酒場の一室である。窓の外に見えるパッケージの絵にそっくりな城がそう物語っている。
持ち物は寝巻きと、いつのまにか握り込んでいたビー玉のような物、だけ。…とんだハードモードである。
昨日のプレイ中でもこんなビー玉は出てこず、振っても握っても何の反応もない。
ちなみに昨晩は店主の好意で空き部屋に泊めてもらった。持ち合わせがない事を理由に断ろうとしたのだが、それでどうやって宿を確保するんだ、という正論にはぐうの音も出なかった。
せめてその件の礼を言わねばと、少し思い足取りで一階へと降りるのだった。
***
「昨晩はご迷惑をおかけしました。こんな素性も知らない男を泊めていただき…」
「気にすんな、困ったときはお互い様だからさ」
「本当にすみません、…それで、昨晩の代金を」
「代金も何も、お前さん何も頼んでないだろ?いらねぇよ。でもいつの間に入店してたんだ?」
それは俺の方が知りたいが、昨日の記憶が無いことにしておく、嘘は言っていない。
しかし恩を受けっぱなしというのは、なんとも、胸が痛む。
何かを返さなければと思い、ここでしばらくの間雇ってもらえないか頼むが、やはり断られる。
「…あんた、”ここ”の話を聞いてねぇのか?」
“ここ”?ゲームの最初の街「プリム」で、勇者の故郷の城下町、ということ以外は特にないはずだがー
突然ちりん、と店の入り口のベルが鳴る。
「旦那、儀式をやるんだそうだ、城の中庭へ集合だとよ」
そう伝えた男はそそくさと出ていってしまった。
店主の顔が曇る。
「儀式…って何なんですか?」
「ああ、そうか、あんた遠くから来たのか。それなら災難だったね、これから始まるのは”勇者任命の儀”なんだ」
店主は渋い表情でそう言った。
”勇者任命の儀”といえばゲームの最初のイベントそのものである。やはりここはゲームの世界なのだという確信と、あわよくば自分が勇者になれるのではという淡い期待を胸に、店主と共に城の中庭へと向かった。
***
中庭へ着くと間もなく儀式は始まった。
「今!この街は!いや世界は!勇者を求めている!魔物を率いる王、魔王を討伐せんという勇気ある者、勇者はおらぬか!」
ゲームの展開通り、城の大臣が出てきて呼びかけるだけの簡素な物である。そしてやはりいたか魔王、言わずもがなゲームのラスボスである。
…しかし、どこかピリピリとした雰囲気のまま、名乗りをあげる者は一向に現れない。
これはもしや本当に自分が勇者なのでは?と思い前に出ようとするが、ドサッという音と共に少年が人混みからはじき出された。
「おお!其方が勇者であったか!」
と大臣が駆け寄ったが、それを妨げるように一人の女性が飛び出した。少年の母親だろうか。
「お待ちください!この子は、セオはまだ10になったばかり!旅へ出て魔王の討伐へ出るなど無謀すぎます!」
「おお!この者の名はセオと申すのか!セオは皆を救うためにとこの場に現れた!その勇気こそが!何よりも勇者である証拠!その勇気の前では魔王とて」
「この子は突き飛ばされたに過ぎません!勇気の有無以前にこの子の意思が」
「そなたはこの者を信じられぬと申すか?皆のためにと勇気を出したこの者を?それは真に遺憾な話である。代々勇者を送り出してきたこの街に住む者は勇者を支えてしかるべきなのだ。
勇者の門出の儀式を邪魔するばかりか、あまつさえ勇者を冒涜するなど…しばしの間牢で頭を冷やすがよい。衛兵よ!この者を連れてゆくのだ!」
彼女は抵抗を見せるも、衛兵に連れられていった。
「さて勇者セオよ、まずは北の洞窟にて女神の啓示を聞くがよい!それが其方の旅の道しるべとなるであろう。
そして皆も!この者がかの魔王の討伐を成し遂げられるよう心より祈るのだぞ。ではこれにて勇者任命の儀を閉式とする!」
少年は立ったまま動こうとしない。街の人々はどこか安心したような顔つきでそれぞれの家に帰っていく。
なんとも胸糞の悪い光景である。しかしここで声を上げては彼女の二の舞になるだけ、相変わらず無力な自分に嫌気がさす。
「おい、大丈夫か?」
あまりに神妙な面持ちをしていたのか、店主に心配されてしまった。
何も、言葉が出てこない。
「まぁ一旦店に戻るか、水ぐらいは出すよ」
私はゆっくりとうなずく事しかできなかった。
***
大筋としてはゲームの展開と同じであるのだが、主人公は自ら名乗りを上げることもなく、
ましてや主人公の母親が連れていかれる展開などあるはずもなかった。
それに大臣の口ぶりではこれまでに何度かこの"勇者任命の儀"は行われているようであったが、その点は店主が教えてくれた。
これまで何度か儀式は行われており、今回のように誰かが出ていかなかった場合、街にいる誰かが勇者として選ばれてきたこと。
店主の奥さんもしばらく前に勇者として選ばれたこと。
そして誰1人として、この街に帰ってきた者はいないということ。
「…かける言葉も見つかりません。」
「いや、いいんだ。こっちこそ変な話をしてすまなかったね。」
物事の意味が全く分かっていなかった。一人だけ「自分も勇者になれるかも?」などと浮かれていた。周りの雰囲気を見れば察しがついていただろうに。
しんとした店内に再びちりん、とベルの音が響く。
入口には先の少年、勇者セオが立っていた。
その顔には戸惑いと、恐れと、強い決意が混じった表情が浮かんでいた。




