三話 セシリア・ヴェスペルは民を守る道具 ②
「…それだけ、ですか? 王国の民はどうなりますか?」
「わが帝国の民として迎え入れましょう。帝国の民と同じ暮らしを約束しますよ」
流麗な口調で語られた言葉に涙を禁じ得ない。安堵と恐怖の入り混じった涙だ。ヴェスペル王国の民はソーリス・オルトス帝国の民と同じ暮らしを約束される。きっと今日まで以上に整って高いレベルの暮らしができるだろう。
恐怖を禁じ得なかったのは、王国との国力の違いを初めて肌に感じたからだ。小国の民など奴隷に迎えたところで反逆されることを恐れるどころか、簡単に握りつぶしてしまえる武力を持っていると分かったから。
…そんな強大な国を束ねる皇太子が、ユリウス殿下で。そして、ユリウス・ソーリス・オルトスという方へ嫁ぐという形をとるものの、私は奴隷同然になってしまうだろう。
一方的な開戦、一方的な停戦協定、理不尽すぎる戦… だけれど、逆らう力など欠片も持っていないのだから。
「なぜ、滅ぼす道を選ばなかったのですか? ユリウス殿下、あなたなら簡単なことだったでしょうに…」
「泣かないでください。俺はただ欲しいものの為に手段を選べなかった。それだけなのですから」
涙をこらえきれない私を慰めるように優しく抱き締めて、そっと髪を梳き、背を撫でる。その仕草はまるっきり恋人にするようで… だけれど、彼の命令一つで私の祖国は簡単に滅ぼされてしまうのだ。
「寛大なご配慮、感謝します」
私は彼をまっすぐに見上げて、そう返すのがやっとだった。心を許すことは王女としての誇りが許さない。けれど、逆らうことは民を奴隷に貶めることと同じ。これではこう返事をするしかなくて。
「安心してください。俺は必ず約束を守る男ですので…」
そう言うと、私を抱き寄せたままで部屋の隅に控えていた兵士達を見渡して、
「アロイスを呼べ! 全軍に通達! 速やかに帝国へ帰還するとな! 皇帝に使いを出せ! 花嫁を伴っての帰還であると!!」
カリスマ性の香る様子で命令を下すと、バタバタと忙しなく兵士達が動き出す。そんな様子を尻目に、満足げに笑ったユリウス殿下は私の目元にそっとキスした。
「この唇は取っておこうかな。あなたとの婚儀の日までね」
婚約の儀式も済ませていないのにひどく砕けた口調で告げる。私には逆らう術などないのに、ソファへエスコートする仕草は10年前のようにひどく優しくて、涙が滲む。
「どうして…? なぜ、こんな酷い仕打ちをなさるのですか?」
「あなただけだ。あなただけが俺を狂わせる… 10年前からね」
そう言いながら切なく笑う。どういう意味なのだろうと思ったけれど、考えている余地もない。そして、問いかける許しがあるのかさえ分からない。
「今は敵同士でもいい。いずれ俺を愛するようにさせてみせるだけなのだから」
「…はい。努力いたしましょう」
王国の民を守るために私は従順な婚約者であらねばならない。エリック兄様やお父様やお母様を守るためにも…
彼がどれほどの女を囲ってしまおうと、私はヴェスペル王国の為の人質に他ならないのだから。
お待たせいたしました。セシリアとユリウスの関係を描けて安心しました( ^^) _旦~~
こんな立場から始まる関係もありといえばあり!かもしれません。ここからが二人の見せ場(`・ω・´)
お付き合いくだされば幸いです。感想くだされば、もっと幸いです。