二話 アロイスの苦悩とユリウスの思惑
「よく陛下の許可が下りたと思うぞ」
国境を囲い、ヴェスペル王国を攻め落とすと決めた時、アロイスは呆れ交じりにそう告げた。あの時のやり取りを今更のように思い出す。
ヴェスペル王国との国境線にそびえている城を中心に展開している軍を見下ろしつつ、ヴェスペル王国の湿った風にブラウンの髪を煩わしげにかきあげたアロイスが、
「あの時、俺は一つ聞けなかったことがある」
生真面目な顔つきで切り出す。その表情には強い決意が秘められていた。俺はそんなアロイスの顔を眺めて、
「そうだろうね。ヴェスペル王国とは長く友好を保ってきた。それなのにどうして? と訊きたかったんだろう」
笑みを浮かべつつ先読みして答える。と、アロイスは苦い顔をして頷く。その正直すぎる様に笑みを漏らす。アロイスは昔から生真面目すぎるところがあった。
そこが好ましい所ではあるし、皇帝一族から信頼もされている部分ではあるけれど…
「今日のための努力を10年分重ねてきた… それだけは言えるかもしれないな」
「だとしたら、俺は10年前の俺を叱責しなければならないな。お前にとんでもない縁をもたらしてしまったと… 出会ってはいけない縁もあるということを、俺は言い聞かせなければいけない」
「いいや、お前には感謝しているよ。退屈していられない日々だったからねえ」
あまり着ることのない白銀の鎧を窮屈に思いながら返して、10年分の忙しさを思い出す。アロイスは傍仕えとして俺以上に忙しい日々だっただろう。けれど、今日の動き次第ではそれも一段落ついたと言えるかもしれない。
「皇太子殿下! ヴェスペル王国側に動きがありました。白い馬車が一台出てきます! 紋章よりセシリア・ヴェスペル殿下のものと思われます」
兵士の一人が遠眼鏡越しに国境線を見つめつつ告げたことに、アロイスが反応し、
「おい! セシリア姫直々のお出ましとなると、一筋縄ではいかないぞ! どうする気だ?」
俺の肩に手を置きながら問いかける。その顔は厳しく緊張に満ちていた。
「どうもしないさ。あぁ、誰か俺の略装を用意してくれるかな」
そう言いながらマントを脱ぎ、鎧の小手をはずして手近な兵士に渡す。
「ユリウス! お前は何を考えている!?」
「何も考えてないさ。…いや、少し嘘かな。ずっとこの日が来るのを待っていたんだ。それだけははっきり言えるよ」
「本当に罪もない小国を飲み込むと言うのか!?」
鎧を脱ぎながら迷わず頷く。視線の先では10年前のように真珠色に輝くドレスで正装したセシリア姫が馬車から降りてくる所で。その場違いすぎる優雅な様に出迎えようとした兵士が戸惑い、言葉を失っている。
「ユリウス殿下、略装の支度が整いました」
「ありがとう。セシリア姫を俺の部屋に案内して、お茶でも用意してくれるかな。それと同行した騎士たちは別室へ案内して。停戦協定が終わるまでは対等の関係だ。非礼があってはいけないよ」
「畏まりました。では、そのように」
一礼して去っていく兵士の後姿を見送った後で、アロイスを伴って着替えのための部屋へ向かう。
「俺も同席するからな」
「そんなことをしては怯えさせてしまうだろう。俺一人で構わないよ。護衛を部屋の外に控えさせておいて。お前にはそちらの相手を任せようかな」
「…やはりな。お前はたった一人の為に国を亡ぼすつもりだったんだな。この俺にも黙って、たった一人で決めたのか…!?」
苦々しい顔で告げたアロイスに何も答えず、笑みを浮かべた。そして、アロイスの引きとめる声に構わずテントへ向かう。兵士達が用意した略装に着替えて、俺の紋章が刻まれているひときわ大きなテントへ向かう。
お待たせしました( ^^) _旦~~ ここから一気に恋愛小説らしくなればいいなと思っています。
お付き合いくだされば幸いです。感想くだされば、もっと幸いです。