ep009
これは、シェアハウスでの共同生活から
4年前のとある夜。
ダークハンター影山狩宇の過去の物語(2/4)
ヘイザー家には関わるな。
それはダークハンターたちの間で
暗黙の了解となっていた。
そもそもひっそりと夜の世界だけを
生きてきたはずのヴァンパイアだが
いつの日か太陽の光を克服した種族が現れた。
そのうちのひとつがヘイザー家であり
まさにゲームチェンジャーとなったのだ。
表世界へと通じるステイションを占領し
あらゆる時間、あらゆる場所に現れては
人をさらい、吸血する。
ヴァンパイアに噛まれた人間は
彼らのしもべとなるか
独立したヴァンパイアとなるか、
この二択である。
しもべにならずにヴァンパイアとなった者は
いわば個人事業主のようなもの。
自分ひとりで生きていかねばならない。
逆にしもべとなった者は
主に忠誠を誓うことで
コミュニティに入ることができる。
メリットとしては、完全な自由を失う代わりに
裏世界でのある程度安心な生活が手に入ることだ。
他の邪悪なモンスターに襲われることも
ほとんどなくなるし
コミュニティが築き上げてきた表世界への
ルートや人間の斡旋を享受できる。
名のある一族がトップのコミュニティであれば
より立場も上になっていく。
ただ、そんなコミュニティも
ある程度の人数になると崩壊するのが
歴史上の常であった。
いわゆる内紛である。
闇の住人が秩序正しい集団を維持するなど
はなから無理な話なのだ。
そう、
一部を除いて。
圧倒的なカリスマ。
圧倒的な能力。
圧倒的な強者。
そんな数百年に一度生まれる存在が
一族を導き、しもべを完全に支配し
国家レベルの力を持つことがある。
それがこの時代におけるヘイザー家だ。
しかし、先の戦争を生き残り今なお裏世界での
存在感は1、2を争う彼らだが、
ここ最近は静かな時を過ごしていた。
戦争の傷を癒すため一族のトップが
休眠に入り、争いを止めるよう
号令をかけていたのが理由である。
だが、
親の心子知らず。
ヘイザー家トップの男には
直系の子供が2人おり兄妹として成長していた。
兄は温厚な性格をしていたのだが
妹の方は激情型で恐れられ、
親の号令を無視していたのだ。
彼女の名は
ドミーナ・キス・ヘイザー。
その名の通り、彼女は唇から吸血する。
「夕闇のくちづけ」と呼ばれ
吸血された者は完全なるしもべとして
第二の人生を彼女に捧げることとなるのだ。
* * *
左腕に力を入れる。
手を開き、拳を握ってみる。
痛みはあるが、問題ない。
完治を待たずに荷物をまとめた影山狩宇は
避暑地のコテージから一切の痕跡を消し
つかの間の休息を終える。
弟の燈雨からの連絡が途絶えた。
バディを組むダークハンター同士で
必ず携帯しているダークハンターツールスのひとつ、
『Air MAX Tag Now 92'』の信号が消失したのだ。
まるでスニーカーのような、それでいて
紛失防止アイテムのような名前だが
要は特殊な衛星を使ったGPS発信機である。
燈雨の位置情報を意味するマークが忽然と姿を消し
影山狩宇サイドにアラートが鳴り響いた。
「くそ…」
バディを組んで以来、初めてのことである。
イヤでも胸騒ぎが止まらない。
今回の討伐対象は名付きのモンスター、
しかもヘイザー家のヴァンパイアである。
関わるべき相手ではないはずなのに
なぜ組織は討伐対象にしたのだろうか。
燈雨の実力であれば討伐可能だと踏んだのだろうか。
「ヘイザー家の女と言っていたな…
となれば十中八九、ドミーナだ」
燈雨の行方を追って移動しながら
影山は呟いた。
裏世界のみならず、表世界でもその名を
轟かせている残虐なヴァンパイア。
150年以上生きているにも関わらず
美しい銀髪をツインテールに束ね
少女のような容姿をしているという。
それでいて戦闘になった時には
鋭く尖った爪と魔術を駆使して
あっという間に相手を屠り去る。
当然ながら今まで彼女を討伐できた
ダークハンターはいない。
たとえ組織最強の男だとしても
やはり難しいのではないか…?
否。
それでも燈雨であればやってくれる。
影山がそう確信しているのには
理由がある。
それは、
彼が持つ禍々しい形状をした剣があるから。
太陽を克服したヴァンパイアが如く、
ダークハンターが手にしたことで
ゲームチェンジャーとなった代物だ。
「なるほど…あ、もう僕大丈夫だわ」
「どういう意味だ?」
「これでもう絶対に負けないってこと」
あの日。
初めて剣を手にした時の燈雨の言葉を思い出す。
その剣は、いつどこで誰の手によって作られたか
一切不明なのだが、ひとつだけ確かなことは
闇の住人を始末するためだけに作られた…
ということだった。
「絶対に負けないだと?」
「この剣は相手の魔力が強ければ強いほど
攻撃力が増すみたいだから」
「…ということは…」
そう。
相手が強ければ強いほど勝ててしまう。
相手が弱ければダークハンター自身の
戦闘力によって討伐できるし、
相手が強ければダークハンター自身の
戦闘力プラス剣の力によって討伐ができる。
つまり、勝利が約束されたようなものなのだ。
「だが、相手の力が圧倒的だったら…」
「その分剣も圧倒的に強くなるし、
僕がそもそも圧倒的に強いから」
「自分で言うな、まったく…」
事実その通りではある。
並のダークハンターではなく
歴代最強とまで言われる燈雨が持てば
勝てない相手はいなくなる。
それ以来、名付きのモンスターを討伐する際
その強さに比例して剣の攻撃力は増し、
燈雨の戦闘力も加算されることで
確実な勝利を手にしてきた。
どんなに伝説級の相手だろうと
燈雨は絶対に負けなかった。
「チートだな、お前が持つと」
「へへ…」
軽口を叩いてはいるものの
影山は誇らしかった。
我が弟が最強の武器を手に
最強のダークハンターとして
前を走ってくれる。
これほど心強いことはない。
これほど誇らしいことはない。
英雄として歴史に名を残すであろう彼を
自分はできる限りサポートしてやろう。
主役は燈雨だ。
彼が剣を振るえば、それは勝利だ。
いつものように約束された勝利が
そこにあるんだ。
あぁ、なのになぜ…
いま影山の目の前にある光景は…
禍々しい形状をした剣が
主の手元を離れ、
地面に落ちているのか。
なぜ…
最強のダークハンターである燈雨が
力なくだらりと立ちすくんでいるのか。
そしてなぜ…
彼は銀髪の女とくちづけをしているのか。
読んで頂き、ありがとうございます!
…衝撃の展開…
波乱の過去編はまだまだ続きます!
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